改正特許法等の解説・2010

〜特許制度をめぐる検討状況、                 
東京地裁知的財産専門部・知財高裁の動向、
                 新しいタイプの商標保護〜(1)

  目次
 
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  1.特許制度研究会で検討されている内容の紹介(1/3)
 特許制度研究会は昨年1月26日から12月4日まで9回開催されている。研究会に配布された資料及び議事要旨は特許庁のホームページに公表されている。
http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/kenkyukai/tokkyoseidokenkyu.htm
 公表されている配布資料を抜粋して紹介する。

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(1)特許制度研究会について (平成21年1月26日 第1回)
 A.背景 
【近年の知的財産をめぐる動向】
 世界市場におけるイノベーションと知的財産をめぐる動向は、プロパテントからプロイノベーションへと進展しつつあり、結果として従来の知的財産制度に新たな論点を生んできている。

【我が国の現下の経済状況と特許庁の取組】
 昨年(平成20年)「イノベーションと知財政策に関する研究会」において、プロパテント政策の基本理念の下、イノベーションを促進する観点から、(1) 持続可能な世界特許システムの実現、(2) 特許システムの不確実性の低減、(3) イノベーション促進のためのインフラ整備の3つの観点から13項目の政策提言がなされ、特許庁としても対策に着手した。

 B.特許制度研究会の趣旨 
 知的財産システムの中核をなす特許制度は、明治18年に公布された「専売特許条例」から124年の歴史を有し、現行法である昭和34年法の制定から既に50年が経過しようとしている。
 この間、国内外の環境の変化や制度利用者の要請に応じた累次の改正を実施してきたが、特許法の根幹部分が現行法の制定当時から変更されていない。
 欧米・アジアなどの各国でも特許制度をめぐる議論が活発化する中、プロパテントからプロイノベーションに向けて特許制度の基本設計を見直す時期がきており、国際的な特許制度の議論をリードする意味でも、現行特許法の制定・公布50年の節目を迎える本年、今後の特許制度の在り方について、原点に立ち返って包括的な検討を行うための特許庁長官の私的研究会(「特許制度研究会」)を設置することとする。

 C.検討の方向性 
 イノベーションと知的財産をめぐる環境変化、知的財産訴訟における権利安定性の確保、世界的な特許出願増大などの課題に対して抜本的な解決策を探るべく、検討の方向性の柱として、(1) イノベーションを加速するわかりやすい特許制度、(2) 裁判でもしっかり守られる強い特許権、(3) 国際協調により世界で早期に特許が成立する枠組みを掲げ、特許制度のあるべき理想像について多角的・包括的に検討する。

【検討項目】
 1.特許権の効力の見直し、
 2.特許の活用促進、
 3.迅速・効率的な紛争解決、
 4.特許の質の向上、
 5.迅速・柔軟な審査制度の構築、
 6.国際的な制度調和の推進

■トピックス■ 「グリーン早期審査・早期審理」
 従来から中小企業・個人・大学等の出願、外国関連出願、実施関連出願は早期審査・早期審理の対象になっていた。昨年11月1日から「グリーン発明(省工ネ、CO2 削減等の効果を有する発明)」が早期審査・早期審理の対象に追加された。特許庁に提出する「早期審査の事情説明書」において、請求項に係る発明が、省工ネ、CO2 削減等の効果を有する発明(グリーン発明)であることの合理的な説明を明細書の記載に基づいて簡潔に記載する。
 http://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/souki/greensouki.htm
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(2)特許権の効力の見直しについて (平成21年3月27日 第2回)
 A.知的財産をめぐる環境変化 
【イノベーションの態様の変化】
 経済のグローバル化や情報技術の進歩、M&Aの活性化などを背景に、1つの製品にとって多数の特許が必要不可欠となっている。また、それらの特許も複数の企業によって生み出され、相互に利用する「イノベーションのオープン化」が進んでいる。
 大学、研究機関、ベンチャー・中小企業などの研究開発成果を第三者が活用してビジネス展開するためのツールとして利用したり、IT分野などの標準技術を一体的に保護するためにパテントプールを形成したりするなど、その活用形態が大きく変化している。
 強力な排他的権利である特許権が行使されることによる影響が、様々な側面で現行特許法制定時に想定されていたのと比べて極めて大きくなってきている。

【多様な権利主体からの権利行使の影響】
 多様な権利主体が権利行使を行うという状況は、50年前の現行法制定時には想定されておらず、強力な排他的権利である特許権が行使されることがイノベーションに及ぼす影響が極めて大きくなっている。

【特許権の効力の及ぼす影響の拡大】
 特許が企業活動に与えるインパクトは、現行法制定時と比較して、極めて大きなものとなった。すなわち、50年前とは比べものにならない広い範囲で大規模に流通する製品やサービスが、特許権の行使の対象となり得るため、特許権の取得についてはインセンティブが益々高まるのと同時に、ひとたび特許権の行使を受けた場合には損害賠償の支払いや製品の生産ラインの差止め等により被る損害は甚大なものとなる可能性が高まっている。
 IT技術の進展・経済のグローバル化に伴い、特許権の効力の影響の及ぶ範囲・規模についても、現行法制定時の想定範囲を大幅に超えたものとなっている。
 以上を総合すると、企業や研究機関等による事業・研究活動に基づくイノベーションの促進に対し直接的に影響を及ぼすのは、特許権の「効力」に係る側面であるといえる。そこで、今般の研究会においては、まずは特許権の効力に関して包括的な検討を行う。なお、現行法が制定されてからの上述のような環境変化を踏まえると、今後、特許の保護対象についても検討していく必要があると考えられる。

 B.特許権の効力に関する検討について 
【特許権の効力をめぐる現状】
 特許権の効力には、権利者が特許発明を独占的に実施し得ることを実現する効力(積極的効力)と他人の実施を排除し得ることを実現する効力(消極的効力)がある。後者は法律上、差止めないし廃棄請求権を権判者に認めるという形で規定されている。上述のとおり、オープンイノベーションの進展に件い他者から特許権の行使を受ける可能性も増えてきている。例えば、仮に製品に対する寄与率がかなり小さい特許の侵害である場合であっても差止めが認められ、結果的に製品全体の生産ラインが止められてしまうといった権利行使が許容される可能性があると指摘されるなど、差止請求権がイノベーションに及ぼす影響を懸念する声がある。
 このような知的財産をめぐる環境の変化に件い、強力な排他的権利である特許権の効力の在り方について、何らかの見直しをすべきではないかとの指摘がなされている。

【特許権の効力に関する論点】
差止請求権の在り方について
 イノベーション促進の観点を踏まえて、侵害に対する差止請求権に関する規定について、例えば差止請求権に何らかの制限を設けるべきかどうかについて検討する。

金銭的填補の在り方について
 差止めが制限される場合に、その制限の後に特許権者の意に反する特許発明の実施が他者によって継続的になされると、特許権者の利益が不当に損なわれる。このため、差止請求は棄却しつつも相当の金銭的填補を伴わせることも考えられるが、これは侵害裁判所による特許発明の事実上の強制実施許諾を意味する。
 特許権の効力を検討するに当たっては、裁定実施権制度の在り方についても検討する。
 特許権の効力の例外範囲(「試験・研究」の例外範囲)の在り方について 特許権の効力の及ぶ範囲は政策的な観点から制限される。現行法は、「試験又は研究のためにする特許発明の実施」を、新たな技術進歩に直結するものとして特許権の効力の例外としている。特許権の効力の例外範囲である「試験又は研究」の範囲の明確化や拡大の必要性について、イノベーションを促進する観点から検討する。

■トピックス■ 「産業上利用することができる発明」の審査基準改訂
 「産業上利用することができる発明」及び「医薬発明」についての審査基準が改訂され昨年11月1日以降着手した審査に適用されている。人体から各種の資料を収集する方法は、手術や治療の工程や、医療目的で人間の病状等を判断する工程を含まない限り「人間を診断する方法」に該当しないとされるようになった。細胞の分化誘導方法等が「人間を手術、治療又は診断する方法」に該当しないことが明記された。医薬発明において、特定の用法・用量で特定の疾病に適用するという医薬用途が公知の医薬と相違する場合には、新規性を認めることになった。
 http://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/sangyo_iyaku_shinsakijunkaitei.htm
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(3)特許の活用促進について (平成21年4月24日 第3回)
 A.特許の活用の重要性 
【イノベーションの促進と特許の活用】
 イノベーションを促進し、我が国の産業競争力を強化するために、特許を始めとする知的財産を有効に活用することが不可欠となっている。

【企業の特許活用の実情】
 特許庁で行った承認統計調査である「平成20年知的財産活動調査」によると、全特許権のうち、自社での実施のみに利用しているものは39.5%であり、防衛目的で保有しているものは30.2%、自社で実施しつつ他者にもライセンスしているものが4.5%、他者へのライセンスのみのものが6.1%、全く利用していないものが19.7%となっており、自社実施や未利用等の特許権の割合が依然として多数を占めている。
 しかしながら、今後のオープンイノベーションの進展により、ライセンスによって他社の事業で特許が活用される局面が増えていくことが予想される。また、今後、特許権の移転による流通もますます活発化していくことも考えられる。

【特許の活用に関する官民の取組】
 特許の流通・ライセンスについては、現実のニーズの高まりと並行して、特許庁が独立行政法人工業所有権情報・研修館を通じて施策を展開し、市場の発展・拡大を目指している。第三者に対して実施許諾する用意がある特許(いわゆる「開放特許」)の活用の活性化を目指した「特許流通データベース」の整備や「特許情報活用支援アドバイザー」の派遺、知的財産権取引事業の育成支援のための「知的財産権取引業者データベース」の提供や「特許ビジネス市」・「国際特許流通セミナー」の開催などが挙げられる。

 B.特許の活用促進に関する検討 
   特許ライセンス制度の選択肢の拡充や利便性の向上、さらには特許出願段階からの早期活用を図る制度整備を検討する必要がある。そこで、今般の研究会においては、上記ニーズに直結すると考えられる以下の4つの論点について検討する。

【実施許諾用意制度(ライセンス・オブ・ライト制度)について】
 開放特許の情報を外部に公表することに対してインセンティブを与えることは、特許の流通・活用の促進に寄与すると考えられる。したがって、この制度を導入した場合のメリット・デメリットや制度利用者の意識等を精査し、実施許諾用意制度の導入の要否について検討すべきであると考えられる。

【ライセンスの対抗の在り方について】
 通常実施権者を適切に保護するため、現行の登録対抗制度を見直し、通常実施権の対抗の在り方について検討すべきであると考えられる。

【独占的ライセンスに係る制度の在り方について】
 現行制度において、ライセンシーを単一に限定する「独占的ライセンス」には、特許法上の「専用実施権」と、独占性の合意をした通常実施権である「独占的通常実施権」の2つがある。
 実務のニーズに対応した新たな独占的ライセンスに係る制度の創設について検討すべきであると考えられる。

【特許出願段階からの早期活用について】
 特許を受ける権利に係る権利変動の登録・公示制度を創設することや、特許を受ける権利に係る質権を解禁すること等について検討すべきであると考えられる。

■トピックス■ 「審査基準専門委員会」
   「特許・実用新案審査基準を恒常的に見直し、特許制度の安定性を高めるために透明で予見性の高い特許審査メカニズムを構築する。」との目的の下、産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会に「審査基準専門員会」が設置され、審査基準の在り方について検討が進められている。検討内容は特許庁ホームページで公表されている。
 http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/shinsakijyun_menu.htm
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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '10/6/10