冒認出願による特許権の移転登録請求事件

解説 冒認出願により登録された特許権に対する移転登録手続請求することができるか
(東京地裁 特許権移転登録請求事件 平成13年(ワ)第13678 平成14年7月17日 判決言渡し)
 
1.事案の概要
 本件特許権の特許権者として設定登録されている被告に対し、本件特許発明の発明者は原告であり、被告は冒認出願をして本件特許権を取得したものであるとして、本件特許権の移転登録手続を求めた事案である。

2.裁判所の判断
原告の主張

(1)判決 原告の請求を棄却する。

(2)裁判所の認定
 原告が作成し、訴外Yに送付した本件試作品に示された発明は、本件特許発明(発明の名称 ブラジャー)と同一であり、原告が本件特許発明につき、発明者であり、特許を受ける権利を有するものであるが、自らは特許出願せず、被告のみがこれに基づいてYが代表者である被告会社を特許出願人として、当初出願が行われ、さらに当初出願に基づき国内優先出願がされ、補正を経て本件特許が設定登録がされた。

(3)以上の事実関係から、被告は、いわゆる冒認出願により本件特許権の設定登録を受けたことになる。原告は本件特許権の原告への移転登録手続請求権を有するかが争点の一つとなった。

(4)冒認出願に対する発明者等の保護に関する特許法の諸規定及び特許権の設定登録の効果には次のものがある。冒認出願に対しては拒絶査定をすべきものとしている(法49条6号)。また、先願とされず、新規性喪失の例外規定(30条2項)を設けて、冒認出願されても発明者が特許出願して特許権者となりえる余地を残し、発明者等の特許受ける権利地位を一定の範囲で保護している。冒認出願者に対して特許権の設定登録がされた場合、その冒認出願は無効とされているが(123条6号)、特許法上、発明者等が冒認者に対して特許権の返還請求権を有する旨の規定は置かれていない。さらに、特許権は、特許出願人を権利者として発生するものであり(66条1項)、たとえ、発明者であったとしても、自己の名義で特許権の設定登録がされなければ、特許権を取得することはない。
 このような特許法の構造に鑑みると、特許法は、冒認出願をして特許権の設定登録を受けた場合に、当然には、発明者等から冒認出願者に対する特許権の移転登録手続きを認めることはできない。

(5)冒認出願については、最高裁の判例がある(平成13年6月12日)。判決は、この最高裁判例を引いて、原告がこの判例法理に基づくべきである旨主張したが、判決は、これと本件との事案の相違点を明らかにして、最高裁の判例とは違いがあるから、これを適用できないとして、本判決の結論を引き出す構成を採る。

(6)最高裁判決−特許を受ける権利の共有者(真の権利者)である上告人が他の共有者と共同で特許を出願した。ところが、被上告人が、上告人から権利の持分の譲渡を受けた旨の偽造した証書を添付して、出願人を上告人から被上告人に変更する旨の出願人変更届けを特許庁長官に提出したため、被上告人及び他の共有者に対して特許権の設定登録がなされた。真の権利者は、無権利者に対し、無権利者の特許権の持分について移転登録手続を請求することができる旨判示した。

(7)前記最高裁判決との相違点
@ 第1に、前記最高裁判決では、上告人は、自ら他の共有者と共同で特許出願していたのに対して、本件事案では、原告は自ら特許出願することなく、被告のみが、当初出願及び国内優先出願をした点において相違する。
A 第2に、前記最高裁判決は、上告人が特許出願した後に、被上告人が、上告人から権利の持分の譲渡を受けた旨の偽造した証書を添付して、出願人を上告人から被上告人に変更する旨の出願人変更届を特許庁長官に提出したという事案に関するものであり、同事件においては、発明が新規性、進歩性等の要件を備えていることは当事者間では争われておらず、専ら権利の帰属が争点とされていた。このような事案においては、特許権の帰属事態は必ずしも技術に関する専門知識経験を有していなくても判断しえる事項ということができる。これに対して、本件は、私人間の権利変動ではなく、真の権利者が誰かという正に特許庁の専門分野に属する事項が争点とされている事案であって、前記最高裁判決とその争点の性質が大きく異なる。
B 第3に、前記最高裁判決は、上告人は、本件特許権につき特許無効の審判を請求することはできるものの、特許無効の審決を経て本件発明につき、改めて特許出願をしたとしても、本件特許出願につき既に出願公開されていることを理由に特許出願が拒絶され、本件発明について上告人が特許権者となることはできない結果になるのであって、それが不当であることは明らかであると判示し、移転登録手続請求を認める以外には、上告人に生じた不都合を是正する他の救済方法が存在しなかったことを理由の一つに挙げている。

(8)これに対して、上記の通り、原告は、本件特許発明について冒認出願がされたことを知った後、遅くとも平成11年4月までの間に自ら本件特許発明について特許出願をしていれば、被告のした当初出願又は国内優先出願を排除することができたものと言える。そうとすると、原告には自ら本件特許発明について特許権を取得する機会があったと言える。従って、本件において、真の権利者であるにもかかわらず、特許権を取得する方法がないという不都合な結果が生じたということは出来ないから、例外的に特許権の移転登録を認めて真の権利者の救済を図る必要性は、極めて低いと言うべきである。

(9)上記に述べたところを総合すれば、本件は、平成13年最高裁判決とは事案を異にすると言うことが出来るから、原告の主張は採用することができない。


3.考察
 前記の通り、特許法には、冒認出願に関し、真の特許を受ける権利を有する者が、冒認出願に対して特許権移転登録手続請求権を定めた条文がない。
 特許出願がされた後、出願公開されて公知となる前に真の権利者が冒認出願されたことに気が付けば、先願とされず、新規性喪失の例外規定(30条2項)を設けて、冒認出願されても発明者が特許出願して特許権者となりえる余地が残されていて、発明者等の特許受ける権利、地位を一定の範囲で保護している。
 然し乍ら、出願公開された後は、前記のとおり救済される余地は全くなくなる。特許無効の原因となるから、これを無効にしてみても、真の権利者の救済にはならないので、依然として問題が残る。
この問題点の所在を本件は示しているものと考えられる。前記最高裁判決は前記の問題点の一部を具体的妥当性を求めて、解釈に因り解決したが、本件のケースの場合には当て嵌まらないと判断された。根本的には、立法的解決が望まれる課題である。
以上


〔戻る〕
鈴木正次特許事務所

最終更新日 '06/5/16