分割出願における要旨の認定

   分割出願における要旨の認定に誤りがあったとして原判決を取り消した
(平成11年(ネ)第885号、同年(ネ)第4565号、東京高等裁判所控訴事件)
 
1.事件の概要
 (1)対象とする権利の成立までの経過
 控訴人Xは、昭和44年2月21日に特願昭44−12511号(原出願)を出願した。原出願は出願公告されたところ(特公昭47−49010号)、特許異議申し立てがなされたが、補正の結果特許査定された。
 昭和52年1月12日、Xは原出願から分割して、発明の名称「カセット型テープレコーダーにおけるカセット装填装置」とする特許出願(分割出願)をしたところ、特公昭57−31213号として公告され、特許第1139848号として登録された(本件特許)。

(2)訴訟の経緯
 a.平成5年、Xは控訴人Yを相手として損害賠償請求を提起した。
 b.特許庁は、被告装置は本件特許の技術的範囲に属しない旨判定した。
 c.東京地方裁判所は、被告装置は本件特許の技術的範囲に属するとして、損害賠償の支払いを命じる判決をした。
 d.Yは原判決を不服として控訴したところ、控訴審においては、原判決を取り消した。

(3)控訴審の判決の理由の概要
 a.原判決の判断のうち、被告装置が本件特許発明の構成要件(二)を充足する旨の判断は誤りである。
 b.被告装置は、均等論適用に必要な要件が欠けている。
 c.被告装置は、本件特許発明の技術的範囲に属するとした原判決の判断を維持することはできない。


2.判決理由の説明
(1)本件特許発明と被告装置
本件特許発明の構成要件
 構成要件(一)
 録音・再生等の動作位置情報の動作待機位置にあるセット収納函を吊板により装置主体に対して上下動自在に装着して、カセットをカセット収納函に挿入してともに下方の録音・再生等の動作位置に可動せしめるカセット型テープレコーダにおいて、
 構成要件(二)
 カセット収納函上面から吊板にかけて形成された長溝に摺動自在に装着され、かつカセットに係合してカセットの挿入脱出に関与するスライド片を設け、
 構成要件(三)
 該スライド片と係着連動するタンブラーバネを設けたこと
 構成要件(四)
 前記(一)ないし(三)を特徴とするカセット装填装置。

被告装置(控訴人装置)と本件特許発明の構成要件の比較
 a.被告装置が前記構成要件(一)と(三)を充足する旨の判断は正当である。
 b.被告装置が、前記構成要件(二)を充足する旨の判断は誤りである。
 イ)本件特許発明の構成要件中、「…において、カセット収納函上面から吊板にかけて形成された長溝に摺動自在に装着され、かつカセットに係合してカセットの挿入脱出に関与するスライド片を設け…」というものであるから、これによれば、本件特許発明の要件である「長溝」は、スライド片を「摺動自在に装着」擦る形状のものに限定されていることが明白であり、ここに他の解釈を入れる余地はないものというべきである。なお、長溝と摺動するものが、スライド片全体ではなく、スライド片のうち長溝を垂直的に貫く部分「スライド片のうち長溝と摺動する部分」であることは、技術的に明らかである(以下、これを溝貫通部という)。
 従って、長溝のカセット収納函上面に形成された部分の幅と、同じく吊板に形成された部分の幅は、いずれも溝貫通部の幅より合理的な限度でのみ大きいものでなければならず、長溝A及び長溝Bは事実上、同一幅のものにならざるを得ないからである。これに反し、長溝Aと長溝Bが直線的につながっている必要があるか否かは一義的に決めることはできない。
 また、スライド片全体が、カセット収納函上面及び吊板に形成された一連の長溝の全体にまたがって移動する必要はない。また、スライド片は、必ずしも長溝の全体に摺動自在に装着されなくともよいと原判決は判断しているが、これは誤りである。
 ロ)被告装置のスライド片7がカセット収納函1の上面の空間部分5に摺動しないことは、当事者間に争いがない。また、被告装置の空間部分5は本件特許発明の長溝1に該当しない。被告装置は、カセット収納函の上面の空間部分5には摺動せず、吊板2の長溝だけに摺動する場合でも構成要件(二)の「長溝に摺動自在に装着」にあたるとした原判決の説示は誤りである。

(2)均等論適用の可否について
 特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造する製品と異なる部分が存する場合であっても、以下の点をすべて充足すれば均等と認めることができ、その対象製品は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である。
 a.その部分が特許発明の本質的な部分でなく
 b.その部分を対象製品におけるものと置き換えても特許発明の目的を達成することができ、同一作用効果を奏するものであって
 c.前記のように置き換えることに当業者が対象製品の製造の時点において容易に相当することができたものであり
 d.対象製品が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから出願時に容易に推考できたものでなく
 e.対象製品が特許発明の出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき
 然し乍ら本件特許発明は、収納函に挿入されたカセットを、自動的に下方の録音・再生位置に移動せしめるカセット装填装置について、原出願の明細書中から、カセットの挿入・脱出に関与するところの、長溝に摺動自在に装着されたスライド片及びこれと係着連動するタンブラーバネの構成に特に着目し、これを取り出して分割出願の係る発明としたものと解さざるを得ず、従って、この部分こそが本件特許発明の本質的部分であるというべきである。
 このようなとき、分割出願に係る発明である本件特許発明の本質的部分は、「一操作型」(カセットをカセット収納函に半分程挿入しただけで後は自動的にカセットが吸い込まれる装填装置)を援用した点にあるとすることは許される余地がない。
 よって、本件においては、均等論適用に必要な要件が欠けていると判断された。


3.考察
 本件特許発明は、分割出願であるから、当然原特許出願に記載された技術思想以上の主張はできない。また、原特許出願の目的とした本質的部分を逸脱するものは、均等論の適用はできないとしたもので、妥当な判決である。

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分割出願における内容の制約

   分割出願は、分割時の明細書に記載されていると共に、願書に添付された当初明細書にも記載された内容でなくてはならない。
(当初明細書に記載された直径30cm以上の記載は下限を明らかに示すもので、実験データの示す50cmまでは正しいとしても、50cmを超える直径まで自明であるということはできない。)
(東京高等裁判所、平成14年(行ケ)第414号、平成15年2月6日判決)
 
1.事件の経緯
 原特許出願日 昭和62年11月 2日
 公告日 平成 3年 7月16日
 分割特許出願日 平成 6年 2月 4日
 拒絶査定日 平成12年12月26日
 審判請求日 平成13年 2月 1日
 審決送達日 平成14年 3月19日

 前記のように、本願発明は、昭和62年11月2日出願され、平成3年7月16日に出願公告された発明を、平成6年2月4日に分割出願したものである。
 前記特許出願は、平成8年9月18日に特許登録された(特許第2091524号)。


2.争点
本願発明の要旨、 「【請求項1】筒体外の空気室から筒体内へ気泡弾を間欠的に供給して揚水するようにした揚水方法において、前記間欠的に与える一回の空気量を、前記筒体の直径を30cmから、80cm(但し40cmを除く)までとした場合に、その筒体直径を直径とする球体容積の1.0倍乃至3.0倍以内とし、送気量を毎分100リットル乃至2000リットルの間として、平均流速を0.8m/sec〜1.5m/secとすることを特徴とした間欠空気揚水装置における給気方法。」は、原特許出願の明細書に記載されている(被告も認めている)が、願書に添付された出願当初の明細書には記載されているか、自明であるかの点が争点となった。

3.争点の説明
 本願発明の前記要旨は、分割時の原特許出願には明確に記載され、その裏付けとして実験データも付されている。但しその実験データは、原特許出願の出願日以後に補正により付加されたものである。
 即ち、原特許出願の補正は要旨を変更しないものとして、適法として認められ、特許査定されたものである(原告の主張)。一方被告は、原特許出願には、筒体の直径30cm以上の記載はあるが、筒体の直径80cmの記載はないので、願書に添付した明細書には記載されていないことになる。
 従って、本願発明は分割の条件にもとる分割出願である(被告の主張)。


4.裁判所の判断
 裁判所は、前記経緯と、原告・被告の主張立証を審理した後、次のように判断した。

 「筒体直径30cm前後以上とは、下限値を明らかにするもので、上限値を明らかにするものではない」とし、その理由として、原出願の当初明細書には、筒体直径30cmと50cmとしたものが、明細書記載の効果を奏することが記載されているが、筒体直径を50cmを越えて大きくしていったときに、どの範囲のものであれば30cm、50cmのものと同等の効果を奏するかについては、記載されておらず、その点が原出願の当初明細書の記載から自明であるということもできない。
 一方、分割出願時の原出願の明細書には、「間欠的に与える一回の空気量を、筒体の直径を30cmから、80cmまでとした場合に、その筒体直径を直径とする球体容積の1.0倍乃至3.0倍以内とし」と記載されている。
 また「筒体の直径80cmの場合は、ほぼ直径50cmの場合と同一状態で、空気量が多くなれば流速の増加が認められるが、直径1mの場合には、空気量の増大と比較して流速の増加が少ないものと認められ、従って実用上筒体直径の上限は80cm付近と判断される」と記載されている。

 前記に対し当初出願には、「筒体の直径30cm前後以上とした場合」と記載され、詳細な説明には、実施例1ないし12として筒体の直径を30cmとしたものと、50cmとしたものが記載されているが、筒体直径を80cm、100cmとした場合については、何等の記載がなく、また、筒体の直径80cmまでは実施例1ないし12と同等の「エネルギー効率が著しく向上する」という効果を奏するが、筒体の直径100cmでは効果がないので、筒体の直径の上限値は80cm付近であるという点についても、何等記載されていない。
 そうすると、本願発明における筒体直径の上限値及びその上限値が有する技術的意義は、原出願の当初明細書には記載されておらず、本願明細書において初めて明らかにされたものであるといわざるを得ない。
 従って、本願明細書において、「筒体の直径を30cmから80cmまでとした場合」とした点は、原出願の当初明細書に記載された事項といえないばかりでなく、原出願の当初明細書の記載から自明の事項であるということもできない。

 しかしながら、筒体直径が80cmのものが30cm又は50cmのものと同一の効果を奏し、100cmの場合には空気量の増大に比較して流速の増加が少ないので実用上の上限値は80cm付近であるということが、本願明細書に新たに追加された実施例13、14及びそのデータ(表−6、表−7)によって初めて明らかにされた事項であることは、前示のとおりである。
 そして、原告の主張するとおり、間欠空気揚水装置における上昇流の発生が、筒体1内を気泡弾19が浮力により上昇する場合の浮力と、上昇すべき水量と、筒体内壁との水流の摩擦力とのバランスによって定まることからすれば、筒体直径がどの値まで筒体直径30cm又は50cmとのものと同一効果を奏するかは、実際に種々の筒体直径のものを作成して実験して初めて分かる事項であると解されるのであって、他に同一効果を奏する筒体直径の上限値が30cm、50cmのもののデータから当業者に自明の事項であると認めるべき証拠もない。原告の上記主張は採用することができない。

 原告は、また、原出願について分割出願前に補正がされ、補正が要旨変更に当たらないとして原出願が出願公告された場合には、その補正に係る事項は原出願の当初から原出願に含まれていた(記載されていた)事項と認められるべきである旨主張し、分割出願に係る発明は原出願の当初明細書の特許請求の範囲を筒体直径を80cmまでとする限定を付加することにより減縮したものである旨主張するが、筒体直径80cmまでとする発明が原出願の当初明細書に記載されていなかったとの判断が上記のとおりである以上、原告のこれらの主張をもってしても、本願発明が原出願に包含されたものではないとの判断を動かすものではないとして原告の請求を棄却した。


5.考察
1.判決は、次の点を審理することなく判断している点は審理不尽である。
 (1)筒体の「直径30cm前後以上」の文言と、実験例筒体の直径30cm、50cmで明細書記載の効果があること、及びこのような結果は、空気の浮力と、筒体内壁面の流動摩擦のバランスであるという原告の主張を認めているのであるから、反証のない限り、「筒体の直径30cm前後以上」には当然筒体の直径80cmも含まれる(当業者にとって十分予測できる技術)にも拘わらず、実験しないと不明であるとした点。
 (2)原特許出願の審査に際し、筒体の直径80cmとする補正は、要旨変更でない(当業者にとって自明である)とした判断について、証拠もなく、この判断を否定した点。

2.技術的判断を誤り、当業者の技術的判断を誤認した。
 本願発明における技術内容は、明らかな物理現象であるから、これを阻害する要因がない限り、同一挙動をするのは自明の理である。
 従って、筒体の直径30cm〜50cmで奏効した場合には、阻害要因のない限り80cm以上にも当て嵌まるのは当然である。筒体の直径80cmまでは阻害要因がないことが立証された以上、物理的自明事項を、実験証拠がないといって否定することはできないと思料する。


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鈴木正次特許事務所