法に基づかない違法な補正却下

   平成5年法律第26号(平成6年1月1日施行)による改正前の法律下における原出願を、平成6年法律第116号(平成7年7月1日施行)の施行後に分割した分割出願に関し、分割後審査で行った補正の却下は、法に基づかない違法なものとして審決が取り消された事例(東京高裁、平成13年(行ケ)第134号 審決取消請求事件、平成14年11月20日言渡)
 
1.本件の経緯及び当事者間に争いのない事実
 (1)原告は、昭和58年10月5日、発明の名称「投影光学装置」とする特許出願(特願昭58−186269号、以下「本件原々出願」という。)をし、平成5年11月1日、本件原々出願の一部につき、発明の名称を「LSI素子製造方法、及び装置」とする分割出願(特願平5−273329号、以下「本件原出願」という。)をした。
 (2)原告は、平成8年4月8日、本件原出願の一部につき、発明の名称を「LSI素子製造方法、及びLSI素子製造装置」とする分割出願(特願平8−84963号、以下「本件出願」といい、本件出願である分割出願を「本件分割出願」という。)をし、平成9年12月25日付け手続補正書により明細書の補正(以下「本件補正1」という。)をしたところ、平成10年10月6日に本件補正1を却下する決定(以下「補正却下決定1」という。)がされ、平成11年4月13日に本件出願について拒絶査定を受けた。
 (3)原告は、平成11年5月13日、拒絶査定不服審判を請求し、同年6月14日付け手続補正書により明細書の補正(以下「本件補正2」という。)をした。
 (4)特許庁は、同請求を平成11年審判第8277号事件として審理した上、平成13年2月5日に「平成11年6月14日付けの手続補正を却下する。」との決定(以下「補正却下決定2」という。)及び「本件審判の請求は成り立たない」との審決をした。
 審決の理由は、本件出願はその請求項1記載の発明(以下「本願発明」という。)が本件原出願の請求項2記載の発明と同一であり、分割出願の要件を満たさないから、出願日の遡及が認められないところ、本件出願前公知である特開昭60−78416号公報(本件原々出願に係る公開特許公報)に記載された発明と同一であるので、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができないとした。
 (5)原告はこれを不服として審決取消訴訟を提起した。


2.原告の主張
 審決は違法として取り消されるべきである。
 (1)審決は、分割出願の要件を誤って解釈し、本件分割出願は分割出願の要件を満たさないとして、本件補正2を誤って却下した(補正却下決定2)結果、本願発明の要旨の認定を誤った(取消事由1)。
 (2)本件出願が適法な分割出願でないと誤って判断した上、本願発明に新規性がないという誤った認定判断したものであり、また、審査段階に本件補正1を違法に却下した補正却下決定1が無効であることを看過した結果、本願発明の要旨の認定を誤ったものである(取消事由2)。


3.被告の反論
 (1)補正却下決定1に、適用する法律を誤った違法があっても、本件補正が要旨変更であるという判断自体に誤りはなく、平成6年法律第116号(平成7年7月1日施行)(以下、「新法」という。)では、拒絶理由となり、原告は、拒絶査定不服審判の請求の際に同等の補正の機会が得られたため、格別の不利益を受けていないことから、法の適用を誤った瑕疵は治癒されている。
 (2)原告が補正却下不服審判の請求をしなかったため、補正却下決定1は確定していることから、補正却下決定1は有効なものとして取り扱わなければならない。


4.裁判所の判断
 取消事由2(補正却下決定1の違法性について)について、審決の認定する如く、本願発明が本件原発明の請求項2の記載の発明と同一であるから、分割の要件を満たしていないため、出願日の遡及が認められないとするならば、現実の出願日である平成8年4月8日がその出願日となるから、本件補正1には新法が適用される。
 そして、本件補正1は、本件出願について最初に受けた拒絶理出通知に指定された期間内に新法17条の2第1項1号の規定に基づいてなされた補正であることが明らかであるところ、新法には、同号の規定に基づく補正について、審査官が却下の決定をすることができる旨の規定は存在しないにも拘らず、平成5年法律第26号(平成6年1月1日施行)による改正前の法律(以下、「旧法」という。)の規定を適用して却下したものである(旧法53条1項は、補正が明細書の要旨を変更するものであるときは審査官は決定をもって当該補正を却下しなければならない旨を規定している)。
 そうすると、補正却下決定1は法律上の根拠を有しないというほかなく、この瑕疵は重大かつ明白というべきであるから、補正却下1は法律上当然に無効と言わざるを得ない。
 そして、本件補正1が有効な補正であるとすれば、その存在を前提としない本願発明の要旨の認定は誤りであり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、被告の主張は採用の限りでない。
 また、補正却下決定1は前示のとおり無効であって、一切の法律上の効果を生じないから、これが確定することはなく、被告の主張は採用することができない。
 以上によれば、本件補正1は有効であり、その補正内容の通りの補正効果が生じているものであるから、これにより本件出願の明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載が補正内容の通りに補正されたことになる。
 そうすると、審決が、本件発明の要旨を本件補正1前の本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載の通り認定したことは、誤りであったことに帰し、これが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は瑕疵があるものとして取消を免れず、原告主張の取消事由2は理由がある。
 よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由があるからこれを認容し、審決を取り消した。


5.考察
 本件は、旧法と新法との適用に関する事件である。
 本件分割出願が、出願当初において分割要件が満たされず、出願日の遡及が認められないときは、既に施行されていた新法により拒絶理由通知(補正却下ではなく)を発すべきであり、補正却下はできない筈のケースであった。
 被告は、その反論において、法の適用に誤りがあったことは認めた上で、原告に実質的な不利益がなかったことを中心に反論したが認められず、また、原告が審査官の法律の規定にない却下決定したことを認識し、誤りを主張できた筈であったとした主張も退けられた。
 手続保証の見地から、法定手続に違反していることは明白であるから、妥当な結論であろう。


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鈴木正次特許事務所