生海苔の異物除去装置

   先願特許権を所有する原告が、後願特許権の実施機を権利侵害として、差止め及び損害賠償の支払いを命じた事件
(東京地裁、平成12年(ワ)第14499号、平成14年3月26日)
 
 事件の概要
 原告Xは、登録第2662538号特許権(以下、本件特許権という。発明の名称「生海苔の異物除去装置」)を所有した所、被告Yが、本件特許権を侵害する生海苔異物除去装置(以下、イ号物件という)を製造販売しているとして、差止請求及び損害賠償の請求を求めた事件である。

 本件の論点
 本件訴訟においては、次の点が争われた。
 1.イ号物件は、本件特許の技術的範囲に属するか否か >>
 2.本件特許の無効理由の有無 >>
 3.イ号物件が後願特許第3061181号(以下、被告特許という)の実施機であった場合に、権利侵害になるか否か >>
 4.その他、損害額、製造能力など >>


 裁判所の判断
1.イ号物件は、本件特許の技術的範囲に属するか否か
 (1)本件特許は「底部周端縁に環状枠板部の外周縁を連設し」とあるが、イ号物件には斯かる構造はなく、「固定盤に設けた3条の環状溝へ、回転盤に設けた3条のテーパー突条を挿入して6条のクリアランスを設けた」構造が対応するが、判決は斯かる相違点を無視して技術的に同一とした。

 (2)「環状枠板部の内周縁に第1回転板を略面一の状態で内嵌めし」の構造についても、イ号物件には「同一部分がない。第一内嵌思想がなく、環状溝へ環状突条を挿入してクリアランスを形成している」ので、技術的に内嵌とは異なると共に、1つの環状溝と1つの環状突条で内外2つの環状クリアランスができる。このことは、技術思想が相違する証左である。

 a)本件特許の回転板は、穴なしの円蓋であって、略面一という条件までついているに拘わらず、判決は総て無視し、イ号物件のように、リブを環状突条のような穴ありで面一でないものも、前記穴なし略面一のものと同等としている。
 判決は、穴なし円蓋と、穴ありの環状突条とが等しいとしたもので、技術的同一性は全くない。因に本件特許は穴があれば成立しない(下へ出る)が、イ号物件は穴がなければ成立しない技術である。

 b)判決は、「略面一の状態」とは、異物分離に必要な渦の形成が妨げられない程度に同程度の高さであればこの要件を満たすものと解されるとしているが、「何故渦を生じるか」の解明なく、本件発明も、イ号物件も同様の作用効果を奏するものとしているが、渦の点は判決の想像であって、略面一は渦を生じる原因になっていない。
 本件特許は、遠心力によって回転板の上面の混合液が周縁側へ跳ね飛ばされた流れと、周壁に反発されて中心側へ返転流動する流れとがぶつかって、恰も渦の如き乱流となっているもので、異物分離の妨げになるにすぎない。

 c)判決は、「タンク内には混合液が満たされており、その重力が作用して生海苔は水とほぼ比重が等しく水に十分混合した状態であって、その水がクリアランスを通過するのであるから、生海苔がクリアランスを通過することは十分想定され、これに対し比重の大きな異物が遠心力の作用により分離されることも想定され得るところである」としているが、水(液体)と生海苔(固体)の大きさを考慮していないのみならず、少なくとも明細書に記載された異物は比重1より小さいか、同等であって、異物は遠心分離しない。
 因にクリアランスは0.1mm?0.2mm程度であり、生海苔の大きさは、5mm?15mm×5mm?20mm程度である。従って、水は通過しても生海苔は通過しない(被告の実験もほぼそのような結果を得ている)。
 また、遠心力で分離される異物は殆どない。因に本件特許の明細書に示された異物は「ゴミ、エビ、アミ糸等」であって何れも比重は1又は1より小さい。従って、前記判決は異物について判断を誤り、この誤りは判決に多大の影響を与えたものである。

 d)判決は「仮に吸引手段が存在しない場合でも」として、吸引手段が存在しないでも分離できると結論しているが、遠心分離しないのであり、大きい生海苔が小さいクリアランスを通過できるには強力な吸引力がなければならない。
 吸引力は、必須要件であるにも拘わらず、本件特許には全然記載されず、その実施例は吸引力を作用させることができるような構造になっていない。即ち、本件特許の明細書記載の構成では、明細書記載の効果を奏することができない。間違った構成要件に基づく、間違った効果を記載して特許されたものである。
 前記のように、物理的に不可能(小さいクリアランスから大きい生海苔を分離させる。比重1又は1以下の異物を遠心分離させる)なことを、根拠なく、恰も可能なように判断したもので、根本的誤りを内蔵した技術(本件特許)を以て、物理的に正しく自然法則を利用した技術(イ号物件)と同等と判断したもので、誤った前提に基づく判決と認められる。

2.本件特許の無効理由の有無(発明未完成に基づく無効理由)について
 (1)判決は、被告Yの実験(生海苔が殆ど通過しない)と、原告Xの実験(生海苔が殆ど通過した)を比較した結果について、次のように判示している。
 原告装置を、吸引装置を用いないで作動させた場合に、被告Yは、「通常の使用状態で100%生海苔が通過する必要があるという前提」に立ったものであるが、本件特許の請求の範囲及び詳細な説明には、「クリアランスの幅を0.2mmに設定すること、生海苔のサイズを通常の処理に用いられるものにすることと等は何ら記載されていない」、被告Yの実験の結果を以て「産業上利用できないことを認めることはできない」と判決している。

 (2)前記によれば、被告Yの実験は、「産業上利用できる状態(条件)」で行われたが、異物分離はできなかった。然し、本件特許の明細書には斯かる制約が書かれていないから、前記条件で産業上利用できなくても、別の条件ならば(原告Xの実験結果)産業上利用できるから、被告Yの主張は採用しないと断定している。

 (3)そもそも特許発明は、産業上利用できることが大前提であるから、現に使用されている条件で利用できないことが明らかな以上、現に使用されない条件で生海苔が通過したとしても(異物を分離していない)、最早特許発明の大前提を欠くものであって、現に産業上利用され、大いに貢献しているイ号物件と、文言上の比較をすることは大きな間違いである。

 (4)更に、原告Xの実験は、乾海苔を水に溶かして使用したものであるが、乾海苔の溶解物はサイズが著しく違うのみならず、この条件では異物分離はできない。
 即ち、乾海苔は生海苔をミンチに掛けて細断し、かつ数次の処理を経たもので、生海苔との条件が著しく異なることは明らかであるが、判決がそのような条件の実験を採用したこと自体、回復すべからざる過ちを犯している。

 a)原告Xは、生海苔ではクリアランスを通過しないことを知っているから、乾海苔を用いたものであり、本件特許明細書の記載(生海苔の処理)とも異なるものである。
 原告が斯かる欺瞞行為をもって、自己の主張の正当性を維持しようとしたこと自体、採用すべからざる実験である。

 b)前記乾海苔は、生海苔をミンチに掛けて小さくし、抄いたものであるが、この処理時に異物も小さくなるので、当然クリアランスを通過することになり、異物分離はできないことになる。本件特許は異物分離を目的とした装置であるから、異物も通過するような処理をしたのと同等の手段(乾海苔使用)を採用したことの一事をもってしても、本件特許の原告Xの実験結果を採用すべきではない。
 原告Xが生海苔は通常利用される状態では通過しないことを承知の上、明細書記載の生海苔を敢えて使用しなかったと推定できるから、生海苔ではクリアランスを通過できないという事実を自白したにも等しい実験である。

 (5)判決は「本件特許発明においては、吸引手段を必須要件としなくても、クリアランスと生海苔のサイズとの関連条件を適宜選択すれば、生海苔は十分にクリアランスを通過することが可能であると考える」と判断しているが、本件特許発明の本質が異物分離であることを逸脱するものと言わなければならない。
 即ち本件特許発明は、生海苔の異物除去を目的としているが、判決の根拠は原告Xの実験結果から導き出したものであって、異物が除去できることを忘却し、これを立証することなく、海苔が通ることのみを判断基準にしている。
 判決の言うように、クリアランスと、生海苔のサイズとの関連条件を適宜選択して生海苔を通過させることができるとすれば、異物も全部通過するので、異物分離を目的とする装置としては最早産業上利用できないことは自明である。

3.イ号物件が被告特許の実施機であった場合に、権利侵害になるか否か
 判決は明らかに矛盾している。

 (1)判決は「被告装置が被告の特許権等の実施品であるか否かにかかわらず、原告の本件特許発明の技術的範囲に属する製品を製造販売する行為は本件特許権を侵害するものであるから、被告主張の被告の特許権等を実施したという事実は、特許法103条の過失の推定を覆すに足る事情に当たらないというべきである」と判断しているが、この判決は矛盾している。

 (2)即ち、本件特許に基づく損害賠償を命じる根拠は、特許法68条の独占権に基づくものである。判決も「特許法102条1項を、排他的独占権という特許権の本質に基づき、侵害品と権利者製品が市場において補完関係に立つという擬制の下に設けられた規定と解し」と見解を示している。
 従って、本件特許が排他的独占権を有するならば、被告Yの特許権も当然排他的独占権を有する筈であり、両者間には、出願日の前後による独占権の軽重の差はない。
 即ち、出願日の前後に拘わらず排他的独占権の法律上の地位は同等である。

 (3)然し乍ら、唯一の例外として後願特許(被告Yの特許)と先願特許権等の間に利用関係があれば、後願特許は実施できないことになっている(特許法72条の規定)。

 (4)判決は、前項の利用関係について、技術を比較検討することなく、先願特許権の技術的範囲に属する後願特許権の実施は侵害になるとしているが、その誤りは明らかである。
 即ち、特許法68条の規定は、特許法72条の規定に該当する場合を除き、独占排他権を保有するものであって、その実施装置であることが確認されれば、本件特許を侵害するか否かの検討を経るまでもなく独占実施できるものであるから、特許法102条に規定された過失の推定は免れる。即ち、正当な理由に基づく実施であるから、過失がないことは勿論、故意もない。

 判決は原告Xの実施装置について誤認している。

 判決は、「特許権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物とは、侵害された特許権に係る特許発明の実施品であることを要すると解すべきである」と判断しているにも拘わらず、原告Xの実施装置を、本件特許の実施品と認めているのは大きな過ちである。

 (1)本件特許の実施例(公報記載)と、原告Xの実施装置とは、技術思想はもとより、構成、作用効果の何れにおいても異なる。
 原告Xが、前記実施例の製造販売をしていないのは、実施例では産業上利用できないからに他ならない。

 両者の主要な相違点は次の通り。

 a)実施例の装置は、水頭圧によりクリアランスから混合液を流下させるが、原告Xの実施装置は、減圧吸引力によりクリアランスを介し混合液を吸引通過させている。
 b)実施例は、異物を遠心分離するのに対し、原告Xの実施装置は、クリアランスで異物を分離している。
 c)実施例は、クリアランスの目詰り防止手段が皆無であって、実質的に使用不可能であるが、原告Xの実施装置は、定期的に回転板を持ち上げ、目詰り原因を防止している。

 (2)前記幾多の欠陥を修正して本件特許とは別異の装置となったが、なお連続使用に際し不安定であるから、平成13年まで原告Xの実施装置の販売量は著しく少なかった。

4.その他、損害額、製造能力など
 判決は、原告Xの実施能力について誤認している。

 (1)損害賠償の際の実施能力とは、具体的に製造できる装置の台数の製造能力と、その性能が受け入れられる能力の相互関係にあって、販売の数量が決まるというべきである。
 仮に原告Xの製造能力が年間1000台であったとしても、当業者が求めているような能力がなければ、年間100台も販売できないことは、実例が示す通りである。

 (2)原告Xは、その実施装置の処理能力が、イ号物件よりも良いと主張しているが、装置が良ければ、侵害云々の前に飛ぶように売れる筈である。特に平成9年、10年、11年、12年というように、4年も継続しているのであるから、良い装置は2年目には爆発的に売れる筈である。然るに判決も認めているように、平成9年66台、平成10年183台、平成11年168台、平成12年82台となっていることは、原告Xの装置が宣伝程でないことが当業者に知られたからに他ならない。

 (3)前記のように、本件特許の実施装置の販売は皆無であり、原告Xの実施装置でさえも性能が劣って、被告Yの10分の1程度しか販売されていないのであるから、売れ行き不良は侵害以前の問題である。

 判決は、原告Xの実施能力を誤認し、その結果損害額を著しく間違えた。

 (1)特許法102条1項によれば、特許権者が「その侵害の行為がなければ販売することができた物」というのは、正に販売できた数を問題にしている。従って、製造能力があったとしても(製造能力も当然限度となる)、販売能力がなければ、その能力が限度となる。

 (2)本件特許の目的とする異物分離装置を販売している会社は、被告Yの他にも数社あって、夫々原告Xと同等以上の数を販売していた。従って、仮に被告Yがイ号物件を販売しなくても、イ号物件の販売数量は、前記数社によって競争販売されたであろう。
 従って、原告Xの損害は、販売されたであろう数量(被告販売数量の数分の1)になるであろう。従って、係る実情を無視し、被告Yの販売数量を全部原告Xが販売し得たとした判決は、実情を考慮しない架空の判断といわなければならない。

 (3)原告Xの実施装置は、本件特許の実施例でないことは前記で説明したとおりである。
 従って、仮にイ号物件の製造が本件特許の権利利用であるとしても、その損害は実施料(寄与率を含めた)にすぎない。
 然し乍ら、本件特許と、被告特許とは、技術思想が異なり、権利利用関係もないので、原告Xには損害の発生は皆無である。

 考察
 本判決は、本件特許の本質を見誤り、実施例でない装置を実施装置とし、被告Yの特許の実施装置たるイ号物件を本件特許の侵害装置としたもので、本件特許とイ号物件の技術的考察を誤ったが為に架空の結論となった。
 従って、特許等の侵害訴訟において戒めなければいけない複数の事項を含む稀に見る判例となるであろう。


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鈴木正次特許事務所