補償金請求事件(職務発明の相当の対価及び遅延損害金)

解説 補償金請求事件
(東京地方裁判所 平成15年(ワ)第29080号平成17年11月16日、判決言渡し)
 
1.事案の概要
 被告の有していた2件の特許権は、被告の元従業員である原告が、被告在籍中にした職務発明であり、被告に特許を受ける権利を承継させたとし、特許法第35条3項に基づいて、その相当の対価及び遅延損害金の支払を求めたのに対し、被告は内1件は原告が発明者でないとすると共に、対価請求権は時効により消滅していると主張し、他の1件については、被告に於いて利益を得ておらず、既に支払った対価を超える請求権は発生していないので、原告の対価請求権は認められないと主張して、争っている事案である。

2.争点
 @ 原告は、本件物質発明の発明者か(争点1)。
 A 本件物質発明に係る原告の相当対価請求権は時効によって消滅しているか−相当対価の支払時期はいつか(争点2)。
 A 本件各発明について、特許法35条3項所定の相当の対価の額はいくらか(争点3)。
3.裁判所の判断(判決)
 判決 原告の請求を棄却する。

(1)相当対価の支払時期について
   職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則がある場合においては、従業者等は、当該勤務規則により、特許を受ける権利等を使用者等に承継させたときに、相当の対価の支払を受ける権利を取得する(特許法第35条3項)。使用者等が従業者等に支払うべき相当の対価の額については、勤務規則等の定めによる支払額が、改正前の特許法第35条4項の規定に基づいて算定される額に満たない場合は、同条3項の規定に基づき、その不足する額に相当する対価の支払を求めることができるのであるが、勤務規則等に対価の支払時期が定められている場合は、当該支払時期が到来するまでの間は、相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして、その支払を求めることができないと言うべきである。
 そうとすると、勤務規則等に使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には、その支払時期が相当の対価を受ける権利の消滅時効の起算点になると解するのが相当である(最高裁判決)。

 原告が、仮に、本件物質発明者であったとしても、被告の「発明考案取扱い規定」によれば、本件物質発明に係る特許を受ける権利(共有持分)の承継に伴う対価の支払時期は、出願補償については昭和54年12月31日、登録補償については平成元年12月31日、実績補償についても平成元年12月31日と夫々認定すべきであり、これらの請求権は当該支払時期から10年間の経過によって、時効により消滅したものと認められる。


(2)被告における職務発明の相当対価の支払時期
   特許法第35条3項は、従業者等が、契約、勤務規則その他の定めにより、職務発明について使用者等に特許を受ける権利を承継させたときは、相当の対価の支払を受ける権利を有するものと定め、改正前の特許法第35条4項は、当該相当の対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めるものと定めており、これらの定めによれば、勤務規則等において職務発明の承継に伴う対価に関する条項がある場合でも、これによる対価の額が前記の規定(改正前の特許法第35条4項)に従って定められる額に満たないときは、特許法第35条3項に基づいて、不足額を請求することができると解されている。

(3)  そして、この場合の相当対価の額とは、職務発明に係る特許権について、本来、使用者等が有する通常実施権(特許法第35条1項)を行使することによる利益を超えて、使用者等が従業者等から当該職務発明の特許を受ける権利の承継を受けることにより、当該発明を排他的に独占することが可能となることから受けるべき利益を基礎として、これに使用者等の発明に対する貢献を考慮した金額であると解すべきである。

(4)  以下に、被告に於いて本件用途発明を排他的に独占することが可能となったことから受けるべき利益があるかどうかについて検討する。
 発明を排他的に独占することによる利益とは、他社が実施することができない態様(他者が実施する場合には、それを差し止めることができる態様)において利用すること(又は当該発明を実施していないとしても、他者に対して当該発明の実施を禁止すること)によって受けるべき利益であると解されるところ、本件用途発明のように、医薬品の用途に関する発明の場合、発明を他社が実施することのできない態様に於いて利用することによる利益と言うためには、特段の事情がない限り、当該用途について薬事法上の承認を受けた上、当該医薬品の効能・効果として掲げて製造又は販売等を行うことを要すると解するのが相当である。


(5)  即ち、医薬品の薬効・薬理作用として開示された情報に、発明の対象となっている用途が含まれていたとしても、そのことのみで、当該用途を前提として当該医薬品を製造し、販売していると言うことはできず、医薬品の用途に関する発明を、他者が実施することのできない態様において利用しているということもできないと解するのが相当である。従って、被告に於いて、本件用途発明を排他的に独占することが可能となったことによって受けるべき利益があると認めることはできない。被告に於いて、本件製剤の有する内膜肥厚抑制効果を説明し、それをもとに販売促進をしている面があるとしても、このことをもって、被告による本件製剤の販売が本件用途発明を排他的に独占する利用形態であるとまでは言えないと解するのが相当である。

(6)  また、被告から他者に実施許諾等がなされたことはなかったものであり、その他被告が本件用途発明を実施し、或いは、これによって受けるべき利益があることを示す事情も認められないので、本件用途特許権が存続期間満了前に被告により放棄されていることも考慮すれば、結局、本件用途発明により被告が受けるべき利益を認めることはできないと言うべきである。そうとすると、本件用途発明の承継に伴い、被告から原告に支払われた出願補償、登録補償を超えて、原告に支払われるべき対価は認められない。原告の請求は、いずれも理由がないから却下する。

4.考察
 本件は、職務発明に関する相当の対価の支払に関する争いである。職務発明に係る特許を受ける権利を会社に譲渡しても、利益を生まない特許の場合は、相当の対価の請求はできないと言う当然の結論になっている。支払時期の規定の有無、相当の対価の起算時点、利益の有無又は利益の確認等、幾多の問題点に対し、具体的条件とその対処につき、見解を示したものである。
以上


〔戻る〕
鈴木正次特許事務所

最終更新日 '07/1/22