補償金請求控訴事件

解説 平成16年(受)781 最高裁平成18年10月17日上告棄却
(原審東京高等裁判所 各補償金請求控訴事件 平成14年(ネ)第16832号
 平成16年01月29日、口頭弁論終結)
 
1.事案の概要
@ 光ディスクの再生装置(DVDの光ピックアップユニット)に関する特許を巡り、日立製作所の元社員が、同社に職務発明の相当の対価の不足分を請求をした事件で、その金額の大きさ等から報道等でよく知られた事件の最高裁判決である。
A 事件の詳細な背景・事実関係等は報道に譲り、会社側の上告が棄却され、その結果第2審が支持されたものであるから、ここでは第2審である東京高裁の理論を中心に紹介・解説する。


2.裁判所の判断(第2審 東京高裁判決)
(1)職務発明に係る外国の特許を受ける権利等と特許法第35条との関係について
 @  準拠法について 本件譲渡契約は、その対象となる権利が職務発明についての日本国及び外国特許を受ける権利である点において、渉外的要素を含むものであるからその準拠法を決定する必要がある。両者は、日本法人と日本に住む日本人であるから、明示の意思は存在しないが、当事者の黙示の意思を推認すれば、日本法であると解すべきであるから、法例7条2項により、準拠法は日本法となる。
 A  職務発明の規定特許法第35条は「従業者(社員)が使用者(会社)と対等な立場で取引きするのは困難なので、社員の利益を保護し、発明を奨励する目的で制定された。」とし、「国内と海外で会社側と社員の立場が対等でないことに変わりは無く、外国特許にも同規定は類推適用される」とした。「また、特許権が外国で、どのような効力を有するかと言う問題と、対価の問題とは区別して考えるべきだ。」以上からすれば、我が国の従業者等が、使用者に対し、職務発明について特許を受ける権利等を譲渡したときは、相当の対価の支払を受ける権利を有することを定める特許法第35条3項の規定中の「特許を受ける権利若しくは特許権」には、当該職務発明により生じる我が国における特許を受ける権利等のみならず、当該職務発明により生じる外国の特許を受ける権利等を含むと解すべきであるとした。

 使用者と従業者が属する国の産業政策に基づき決定された法律により一元的に決定されるべき事柄であり、当該特許が登録される各国の特許法を準拠法として決定されるべき事柄ではないことは、明らかである。


(2)本件発明1の特許を受ける権利の承継の「相当の対価」について
 @ ライセンス契約による本件発明1の価値(略)
 A 包括クロスライセンスによる本件発明1の価値

 上記@Aに分けて計算を行っている。
 包括クロスライセンス契約における「使用者が受けるべき利益の額」の算定について
(注) 包括クロスライセンス契約は、多数の特許権を一括して相互に利用を許し、その対価を相互に支払わない方式。場合によっては、バランス調整金が支払われる場合もある。もっとも、この契約は、見方を変えれば、相互に実施を許諾し合う合意の他に、相手方に本来支払う実施料債務と、相手方から本来受け取るべき実施料債権とを、事前に包括的な相殺の合意により相殺している契約であると解することもできる。従って、包括クロスライセンス契約に於いては、「その発明により使用者等が受けるべき額」については、相手方から支払を受けるべきであった実施料を基礎として算定することも原則として合理的である。また、合理的な取引きを行うことを期待されている営利企業同士の契約である以上、特段の事情が認められない限り、相互に支払うべき実施料の総額が均衡すると考えて契約を締結したと考えるのが合理的であるから、包括的クロスライセンス契約に於いては、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」について、相手方が自己の特許発明を実施することにより、本来、相手方から支払を受けるべきであった実施料を基礎として算定することも、原則として合理的である。
 そうとすると、包括的クロスライセンス契約については、相手方が当該特許発明の実施に対するものとして支払うべきであった実施料の額を査定することも、使用者等が相手方の複数の特許を実施することにより本来支払うべき実施料の額に、相手方に実施を許諾した複数の特許発明当における当該発明の寄与率を乗じて算定することも、いずれも、「使用者等が受けるべき利益の額」を算定する方法として採用することが可能となると言うことができる。そして、当該額の立証困難性を考えると、当該事案において、実際に行うことが可能な立証方法を選択することが認められるべきである。このような方法を認めないとすれば、本件のような場合においては、1審原告は、1審被告が相手方から実施を許諾された多数の特許発明等(本件各発明とは無関係のものである)について、相手方に本来支払うべきであった実施料の全額と、1審被告が相手方に実施許諾した多数の特許における本件各発明の寄与率を主張立証しなければならなくなる。これは、従業者等に事実上不可能な立証を強いることになり、この結果が強行法規である特許法第35条の規定の趣旨に反することは明らかである(民訴248条参照)。
 以上からすれば、1審被告がソニーとの間の包括クロスライセンス契約に於いて、本件発明1より受けた利益は、60億円(1億未満切捨て)に、本件発明の寄与率10%を乗じた6億円と認めるのが相当である(民訴248条参照)。これに基づき、ソニー、フィリップス、オリンパス等の包括クロスライセン契約に基づく、相手方から支払を受けるべきであった実施料を基礎として算定する。そして、本件特許発明1の承継の相当な対価を1億6284万円とした。
 さらに、この発明がなされるに付いて使用者等が貢献した程度については、第1審の認定した80%としたものを是認できるとした。従って、従来の判例と異なり、発明者側の貢献度を20%と高く評価している。


3.考察
 本件は、職務発明における特許権等を使用者(会社)に譲渡した場合に従業者等が受け取る「相当の対価」について争われたものである。
 この場合、外国での特許を受ける権利をどのように扱うのか、法律の規定及びこれに関する判例がなく、どのように扱うか実務上明確な指針がなかった。
 本件は、和解でなく上記の点について、判断(判例)を示したことは、今後実務上の指針として重要な役割を果すものと考えられる。また、実務上特に注目されるのは、当該特許権を含めた包括クロスライセンス契約が締結されている場合の、通常の場合原告となる従業者等の立証の困難性を考慮して、「使用者等が受けるべき利益の額」の算定方法を、具体的に示したことが注目される。そして、損害額の認定に、民訴248条を適用していることが注目される。条文は、「損害が生じたことが認められる場合において、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる。」
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '07/1/22