進歩性における判断基準の一つの適用例について

解説 審決取消請求事件<進歩性における判断基準の一つの適用例について>
(知的財産高等裁判所 平成17年(行ケ)第10490号 平成18年6月8日、口頭弁論終結)
 
1.事案の概要
 @ 原告は、平成6年12月26日、発明の名称を「紙葉類識別装置の光学検出部」とする発明について特許出願(特願平6−322201号、以下「本件出願」という。)をしたが、平成15年8月14日に拒絶の査定を受けたので、同年9月19日、拒絶査定不服の審判請求をした。特許庁は、同請求を不服2003−18348号事件として審理した結果、平成17年4月12日、「本件審判の請求は成立たない。」との審決をし、その謄本を原告に送達した。
 A 審判請求時の補正が却下されたので、平成14年11月15日付けの手続き補正書によって判断された補正された明細書甲2、3、以下「本件明細書」という。)の要旨 所定方向に搬送される紙葉類の一部に照射する照射光を発光する発光素子と、前記照射光が前記紙葉類の一部を透過した透過光を前記所定方向とは交差する方向で該紙葉類の一部とは異なる他部に照射されるように光学的に結合する導光部材と、前記紙葉類の他部を透過した透過光を受光する受光素子とを含み、前記発光素子、前記導光部材、及び前記受光素子は前記紙葉類を搬送するための搬送通路近傍の異なる位置に配置されて成ることを特徴とする紙葉類識別装置の光学検出部。


2.裁判所の判断(判決)
 判決;特許庁が不服2003−18348号事件について平成17年4月12日にした審決を取り消す。

(1)本件の争点
 @  審決は、引用発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条2項により特許を受けることができないとした。
 A 原告の主張
 審決は、本願発明と引用発明との相違点についての判断を誤り(取消事由1〜3)、その結果本願発明が引用発明及び周知事実に基づいて当業者が容易に発明することができたとの誤った結論を導き出したもので、違法であるから取り消されるべきである、とした。また、取消理由中に、原告は、そもそも、「動機付けがないこと」、「単なる設計変更」とは、構成、手段が周知慣用技術等の変更であり、しかも、目的及び作用効果に格別の相違が生じないことを言うのであり、本願発明がこれに該当しないことは明らかである、と主張した。


(2)裁判所の判断
 @  本願発明の構成は、一対の発光・受光素子により、検出ライン毎に異なった複数の検出個所に照射され、互に異なる印刷模様、色彩等のある検出個所を透過した光を得て、当該検出個所に固有の印刷模様、色彩等の情報を含んだ透過光を分析し、基準値と比較することにより、紙葉類の識別を行うという機能を有するもの、すなわち、紙葉類識別装置に於いて、複数の検出ラインの技術的思想の下で、一対の発光・受光素子によって一括して検出を行うものと当業者に認識されるものである。
 A  相違点1及び3に係る本願発明の構成が、引用発明に開示されているかについて検討する。引用発明には、複数の検出ラインの技術思想がなく、相違点1及び3に係る本願発明の構成が開示も示唆もされていない。
 B  そこで、相違点1及び3に係る本願発明の構成が、本件周知装置に開示されているかについて検討する。しかし、このことから、複数本の検出ラインの技術思想のない引用は発明について、複数本の検出ラインの技術思想を前提として、一対の発光・受光素子によって一括して検出を行うという相違点1及び3に係る本願発明の構成を付加することが容易であるとか、或いは、単なる設計変更であると言うことは困難である。例え、「所定方向に搬送される紙葉類の一部に照射する照射光を発光する発光素子と、前記照射光が前記紙葉類の一部を透過した透過光を前記所定方向とは交差する方向で該紙葉類の一部とは異なる他部に照射されるように光学的に結合する導光部材と、前記紙葉類の他部を透過した透過光を受光する受光素子とを含み、前記発光素子、前記導光部材、及び前記受光素子は前記紙葉類を搬送するための搬送通路近傍の異なる位置に配置されて成ることを特徴とする紙葉類識別装置の光学検出部」という構成において一致するといっても、その機能、作用、その他具体的技術に於いて少なからぬ差異があると言うべきである。従って、紙葉類の積層状態検知装置及び紙葉類識別装置は、近接した技術分野であるとしても、その差異を無視し得るようなものではなく、構成において、紙葉類の積層状態検知装置(紙幣の枚数のみを判断する)を、紙葉類識別装置(紙幣の真贋を判断する)に置き換えるのが容易であると言うためには、それなりの動機付けを必要とするものであって、単なる設計変更であると言うことで、済ませられるものではない。
 C  しかも、本件においては、複数本数の検出ラインの技術的思想が、紙葉類の積層状態検知装置にとって不要であるのに、紙葉類識別装置においては重要な技術的意義を有することになるのであるから、なおさら、紙葉類の積層状態検知装置と紙葉類識別装置とは、同視できなものと言うべきである。
 D  以上の通りであるから、複数本の検出ラインの技術思想のない引用発明について、その技術思想を前提とする相違点1及び3に係る本願発明の構成を付加することが単なる設計変更であるとした審決の判断は、誤りである。
 判決は、相違点1及び3に係る本願発明の構成は、引用発明にも本件周知装置にも存在しない新規な技術事項であると認定し、以上検討したところによれば、原告主張の取消事由1及び3は理由があり、その余につき判断するまでもなく、審決は取消を免れない。

3.考察
 本件は、審決取消訴訟であるが、特許法第29条第2項の進歩性の判断について、審査基準に以下のように記載されている。いわゆる動機付けとなり得るものとして
 @ 技術分野の関連性、
 A 課題の共通性、
 B 作用、機能の共通性、
 C 引用発明中の示唆、
等が挙げられている。
 しかし、審査等では、「引用例に本願発明に至る阻害要因が無ければ進歩性なし」とする傾向が多く見られていた。本件のように引用例に、本願発明に至る動機付けが無ければ、進歩性あり」とする判断が出ている。本願発明と引用発明及び周知装置と比較した場合、技術思想が異なり、いわゆる動機付けを見出すことが出来ない場合には、これらから当業者が容易に発明することができたとすることができないことを示した例であると理解できる。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '06/12/25