無効審決取消請求事件(いわゆる拡大先願の規定の解釈)

解説 審決取消請求事件
 先願が出願公開される前に、後願が特許査定されるケースにおける特許法29条の2のいわゆる拡大先願の規定の解釈事例
(知的財産高等裁判所第4部 平成17年(行ケ)第10437号 平成18年1月25日、判決言渡)
 
第1
@  事案の概要
 本件は、後記本件特許(第3479067号)の特許権者である原告が、被告請求に係る無効審判において、本件発明についての特許のうち請求項1ないし3、5、8、20に係るものを無効とするとの審決がされたため、同審決のうち無効とした部分の取消を求めた事案である。

 この解説においては、特許法29条の2に関する争点に限って、解説する。


A  審判の経緯
審判請求日  平成16年4月9日(無効2004−80010号)
訂正請求日  平成16年7月23日
手続補正費  平成17年1月14日
審決日平成17年3月18日
審決の結論  「訂正を認める。特許第3479067号の請求項1ないし3、5、8、20に係る発明について特許を無効とする。請求項4に係る発明についての審判請求は成り立たない。」

B  主な争点(原告の主張)
(1)  取消事由1
   審決には、法律の解釈及び適用を誤った違法がある。審決は、設定登録日を基準として29条の2の適用要件を判断する誤りを犯し、その結果特許を無効とした結論にも違法がある。本件発明は、特許査定がなされた後、後発的に特許法29条の2該当することとなった発明に該当する。従って、それによって特許を無効とすることはできない。特許法123条では、無効理由を限定列挙しており、特許査定時には適法に成立した特許が後発的に無効になる理由としては123条1項7号、8号が挙げられているのみである。また、123条1項2号は、査定時「その特許が……第29条の2……の規定に違反してされたとき。」無効審判を請求できることを規定するのみである。従って、「特許された後において、その特許が29条の2の規定に違反することとなったとき」に無効審判を請求できること(後発的無効理由)を規定するものではない。
即ち、特許法29条の2における後願排除効をいつ発生させるかは、特許出願人の意思に委ねられており、早期に発生させたいのであれば、早期に公開を請求することでその目的は達成される。従って、審査における特許法29条の2の適用の判断時期を原則どおり「査定時」としても何ら問題は生じない。


(2)  取消事由2(省略)

第2 裁判所の判断
 判決:原告の請求を棄却する。

 事実関係を時系列に従って整理すると次の通りである。
(1)先願発明の特許出願(平成14年1月18日)
(2)本件発明の特許出願(平成15年1月30日)
(3)本件発明についての特許査定  (平成15年9月3日)
(4)先願発明につき出願公開(平成15年10月3日)
(5)本件特許の設定登録(平成15年10月2日)

 @  そこで判断するに、特許法(以下単に「法」という。)29条の2における「出願公開」と言う要件は、後願の出願後に先願についての「出願公開」がされれば足りるのであり、後願の査定時に未だ先願の出願公開されていない場合には、担当の審査官が先願の存在をたまたま知り得たとしても、その時点で査定をする限り、特許査定をしなければならないが、その後にその先願の出願公開がされたときは、法29条の2所定の「出願公開」の要件を満たし、法123条1項2号に該当するものとして、特許無効審判を請求することができるものと解するのが相当である。
 A  法29条の2は、その文言解釈上、先願の出願公開時期につき、「当該特許出願後」(後願の出願後)ということ以外何ら限定していないことが明らかである。
 B  法29条の2が設けられた主たる趣旨を考察すると、当該特許出願の日前の他の特許出願(先願)の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明は、一部の例外を除きすべて出願公開によって公開されるものである(法64条等)から、後願である当該特許出願は、先願について出願公開がされなかった例外的な場合を除き、社会に対して何ら新しい技術を提供するものではないと言う点にあるものと解される。この趣旨に照らすと、上記のように解するのが相当である。後願である当該特許出願について特許査定時期と先願の出願公開時期との先後関係が如何にあろうとも、即ち、後願の特許査定後に先願の出願公開がされたとしても、後願である当該特許出願が社会に対して、何ら新しい技術を提供するものでないことに変わりは無いからである。
 C  実質的に考えても上記のように解釈するのが相当である。
 仮に、後願(当該特許出願)についての特許査定時までに先願の出願公開がされていない場合には、その後にその出願公開がされたとしても法29条の2の適用の余地はないと解するならば、不当な結果となる。そもそも、特許査定の時期は、審査請求をどの時点でするか、審査手続きがどのように進行するかなど、個別事案ごとに種々の要素に左右されるものであり、出願公開の時期も、出願人が出願公開の請求をどの時点でするか、法64条1項前段の出願公開についても事務手続きがどのように進むかなど、これも個別事案ごとに種々の要素に左右されるものであり、両者の先後関係は、多分に偶然の要素に左右されることは、制度上自明のことである。この様な偶然の要素によって、特許要件の充足性を左右させることは、特許制度を不安定且つ予測困難なものとするものであって、特許法の予定するものではないと解される。また、そのような不安定かつ予測困難な制度として運用するならば、先願者の防衛的な観点からの手続きを誘発することにもなり、法29条の2の企図するところにも背馳することになる。

 D  審決は、本件特許の設定登録前に先願の出願公開がされたことを理由に29条の2に該当するかのような説示しており、これは失当である。然し、既に説示した通り、後願の出願後に先願の「出願公開」があれば足りるものであり、それ以上に先願の出願公開の時期を限定する必要はなく、審決の結論を是認することができる。

第3 考察
 本件は、特許法29条の2のいわゆる拡大先願の規定の解釈事例である。本件特許査定後に先願が出願公開されたケースである。余り論じられていない問題であるが、審査期間短縮の結果により、審査期間が早くなると、先願が出願公開される前に、後願が特許査定されるケースが増加してくることが想定される。この様な解釈上の疑問に応えるものとして、実務上参考になるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '07/6/12