無効審決取消訴訟における審理範囲

解説 審決取消請求事件
 審理された事実の認定に関する補強証拠として提出された、審判手続き段階では提出されていなかった証拠に基づいて、審決が取り消された審決取消訴訟における審理範囲に関する事例
(知的財産高等裁判所第3部 平成17年(行ケ)第10856号 平成18年10月10日、口頭弁論終結)
 
第1 手続きの経緯
 被告は、考案の名称「二輪車の取り外し可能ハンドル」とする実用新案登録第3071713号の実用新案権者である。(以下「本件出願」という。平成12年6月28日設定登録)。原告は、本件実用新案登録を無効とすることにつき審判を請求した。特許庁はこれを無効2004−4000号事件として審理した上、平成17年11月21日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をした。原告(無効審判請求人)は、この審決の取消を求めて本訴を提起した。この解説においては、技術的内容は省略して、法律に関する争点に絞って、解説する。

第2 原告主張の取消事由の要点
(1)取消事由1
 本件審決は、引用考案1の左右のハンドルが弾性ロープによって連接されているとは認められないと過って認定したものであり、この誤りが本件審決の結論に影響することが明らかであるから、違法として取り消されるべきである。 なお、原告は、引用考案1の左右のハンドルが弾性ロープにより連接されていることは、甲3の「ハンドルバーエンド部」の写真等(この写真等における「ひも状の部材」が弾性ロープである。)により当然認識されるものと考えていたが、本件審決がこれを否定したので、引用考案1の左右のハンドルが弾性ロープにより連接されているとの事実に関する補強証拠として、検甲1、甲28等を本訴において提出したものである。
(2)取消事由2
 引用考案1及び2に基づいて(組合わせることにより)当業者であれば、本件考案1及び2を極めて容易に想到できたものである。

第3 被告の反論
 被告は、最高裁昭和42年判決を引用し、原告が本訴において提出した検甲1、甲28等の補強証拠について、本件審判において審理判断されなかった事実に関する新たな証拠であって、単なる補強証拠ということはできないから、これらに基づいて本件審決の違法性を主張することは許されない旨主張した。

第4 裁判所の判断
 判決:特許庁が無効2004−400007号事件について平成17年11月21日にした審決を取り消す。
(1)引用考案1の認定の誤りについて
 本件審判の段階で提出された甲3〜17に原告が本件訴訟で、新たに提出した証拠(検甲1、甲19〜35、37、39〜59)を加えれば@引用考案1が本件出願前に公知となっていたこと、A引用考案1は、本件考案1の構成要件Eのうち「弾性ロープによって連接された左右のハンドル」との構成を備えており、「ハンドホルダー」を除く本件考案1の構成要件をすべて備えるものであることは、被告も認めるところである。
(2)そうとすると、「引用考案1のハンドルが取り外し可能であるとしても、左右のハンドルが弾性ロープによって連接されているとまでは認められない」(審決)とした本件審決の事実認定は誤りであり、従って、「『引用考案1は本件考案1の構成要件の内、Eの要件についても『弾性ロープによって左右のハンドルが連接されている』という部分は充足している』という請求人の主張の前提自体が成立しない」(審決)とした本件審決の判断も誤りであると言わざるを得ない。
(3)被告は、原告が本件審判において提出した証拠(甲1〜17)によって上記@及びAの事実を認定することは出来ないとした上、原告が本件訴訟において新たに提出した証拠(検甲1、甲19〜35、37、39〜59)は、本件審判において審理判断されなかった事実に関する新たな証拠であるから、これに基づいて、本件審決の誤りを主張することは許されず、従って、本件審決の認定に誤りがあるとは言えない旨主張する。
 無効審判の審決に対する取消訴訟においては、審判で審理されなかった公知事実を主張することは許されないところ(最高裁昭和42年(行ツ)第28号)、この理は、実用新案登録無効審判の審決に対する取消訴訟においても、同様に当てはまるものと言うべきであるから、無効審判において実用新案法3条1項各号(同条2条において引用される場合を含む。以下、同じ。)に掲げる考案に該当するものとして審理されなかった公知事実については、取消訴訟において、これを同条1項各号に掲げる発明として主張することは許されない。

(4)然し乍ら、審判において、実用新案法3条1項各号に掲げる考案に該当するものと主張され、その存否が審理判断された事実に関し、取消訴訟において、当該事実の存否を立証し、又はこれを弾劾するために、審判での審理に供された証拠以外の証拠の申し出をすることは、審判で審理判断された公知事実との対比の枠を超えると言うことは出来ないから、これが許されないとする理由はない。
(5)そして、検甲1、甲19〜35、37、39〜59は、いずれも本件審判における審理に供されなかった証拠ではあるが、本件審判の対象とされなかった公知事実を立証しようとするものではなく、本件審判において審理判断され、本件審決においてその存在を認められなかった引用考案1に係る前記@及びAの事実について、その存在を立証しようとするものであるから、これらに基づいて本件審決の誤りを主張することは許されるものと言うべきである。
(6)被告は、本件審決の引用考案1の認定が誤りであるとしても、本件考案1、2は、何れも引用考案1及び2に基づいて、当業者がきわめて容易に考案することが出来たものでないから、上記誤りは本件審決の結論に影響するものではない主張する。しかし、本件審決は、引用考案1において左右のハンドルが弾性ロープによって連接されていることを看過した結果、原告が主張する本件考案に対する無効理由は前提自体が成り立たないとして、引用考案1と本件考案とを対比検討して本件考案の容易想到性の有無について判断しないまま、原告が主張する本件考案1及び2に対する無効理由は根拠がないと結論付けたものであるから、容易想到性の点について検討するまでもなく、以上引用考案1の認定の誤りが、本件審決の結論に影響を及ぼすものであることは明らかであり、本件審決は取消しを免れないと言うべきであって、被告の主張は失当である。

第5 考察
 本判決は、審理された事実の認定に関する補強証拠として提出された、審判手続き段階では提出されていなかった証拠に基づいて、審決が取り消された。審決取消し訴訟における審理範囲に関する事例として、実務の参考になると思われるので、紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '07/11/7