特許権侵害差止請求事件(インクタンク)

解説 特許権侵害差止請求事件(最高裁平成18年(受)826 平成19年11月4日判決言渡)
原審は、知財高裁 平成17年(行ケ)10042号 平成17年10月7日、口頭弁論終結である。
 
第1 事案の概要
 本件は、インクジェットプリンタ用インクタンク(以下「インクタンク」という。)に関する特許権を有する被上告人が、上告人のインクタンクの輸入、販売等の差止請求を行い、これを認めた原審判決を不服として、上告したものである。
(事実関係は良く知られた事件であるから、事実関係の詳細は省略する。)

第2 原審(知財高裁)の判断
 原審は、次の通り判示して、被上告人の請求を認容した。

(1)特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者が我が国において当該特許発明に係る製品(以下「特許製品」という。)を譲渡した場合には、当該特許製品については特許権はその目的を達したものとして消尽し、もはや特許権者は、当該特許製品を使用し、譲渡し又は貸し渡す行為等に対し、特許権に基づく差止請求権等を行使することができないというべきである(最判平成7年)。然し乍ら、@当該特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合(第1類型)、又はA当該特許権につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合(第2類型)には、特許権は消尽せず、特許権者は当該特許製品について権利行使をすることが許されるものと解するのが相当である。

(2)また、特許権者等が国外に於いて特許製品を譲渡した場合、譲受人に対して、当該製品の販売先・使用地域から我が国を除外する旨の合意をした場合を除き、また、特許製品の譲受人又は転得者に対しては譲受人との間でその旨の合意をした上で、当該製品にこれを明確に表示したときを除き、我が国に輸人し、国内で使用し、譲渡する行為に対しては、特許権に基づく権利行使をすることができない。

(3)本件においては、充填されたインクが費消されたことをもって、耐用年数が経過し、その効用を終えたと言うことはできないから、第1類型に該当しない。本件発明の本質部分である構成要件H及びKを充足しない状態となっているインクタンクを、洗浄し、これに構成要件Kを充足する一定量のインクを充填する行為を含むものであり、該行為は本件発明の本質的部分を構成する部材の一部についての加工又は交換に他ならない。被告の行為は、上記第2類型に該当するのであるから、特許権は消尽せず、特許権に基づき製品の輸入、販売等の差止め及び廃棄を求めることができるとした。


(解説子・注記)
 第1審東京地裁は、「本件インクタンクにインクを再充填してY製品としたことが新たな生産に当たると認めることはできないから、日本で譲渡されたX製品に基くY製品につき、国内消尽の成立が認められる」として国内消尽の成立を認め、さらに国際消尽をも認めて、特許権侵害を否定した。第2審の知財高裁特別部(いわゆる大合議)は、第1審判決を取消し、差止請求を認容した。これに対して上告がなされたものである。


第3 裁判所の判断
判決;本件上告を棄却する。
 論旨(上告人の主張)は、原審の特許権行使の可否に係る判断基準、及びこれに基いて本件特許権の行使が制限されないとした判断について、法令違反を言うものであるが採用することはできない。その理由は、以下のとおりである。
(1)特許権者等がわが国に於いて特許製品を譲渡した場合には、当該特許製品については特許権はその目的を達成したものとして消尽し、もはや特許権の効力は、当該特許製品の使用、譲渡等には及ばず、特許権者は、当該特許製品について特許権を行使することは許されないものと解するのが相当である。

(2)然し乍ら、特許権の消尽により特許権の行使が制限される対象となるのは、飽く迄特許権者等が我が国において譲渡した特許製品そのものに限られるものであるから、特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ、それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは、特許権者は、その特許製品について、特許権を行使することが許されるべきである。そして、上記に言う特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては、当該特許製品の属性、特許発明の内容、加工及び部材の交換の態様のほか、取引の実情等も総合考慮して判断するのが相当であり、当該特許製品の属性としては、製品の機能、構造及び材質、用途、耐用期間、使用態様が、加工及び部材の交換の態様としては、加工等がされた際の当該特許製品の状態、加工の内容及び程度、交換された部材の耐用期間、当該部材の特許製品中における技術的機能及び経済的価値が考慮の対象となるというべきである。

(3)そうとすると、我が国の特許権者等が国外において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ、それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは、特許権者は、その特許製品について、我が国において特許権を行使することが許されると言うべきである。そして、上記にいう特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては、特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされた場合と同一の基準に従って判断するのが相当である。

(4)本件についてみると、上告人製品を製品化する工程で、本件インクタンク本体の液体収納室の上面に穴を開け、インクを注入して塞いでいる。この加工等の態様は、単に消耗品のインクを充填したに止まらず、インクタンク本体をインク充填が可能に変形させるものに他ならず、本件発明の実質的な価値を再現し、本件発明の作用効果を新たに発揮させるものである。

(5)これらのほか、インクタンクの取引の実情など前記事実関係等に現れた事情を総合的に考慮すると、上告人製品については、加工前の被上告人製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認めるのが相当である。従って、特許権者等が我が国において譲渡し、又は我が国の特許権者等が国外に於いて譲渡した特許製品である被上告人製品の使用済みインクタンク本体を使用して製品化された上告人製品については、本件特許権の行使が制限される対象となるものではないから、本件特許権の特許権者である被上告人は、本件特許権に基づいてその輸入、販売等の差止め及び廃棄を求めることができるというべきである。

 以上によれば、所論の点に関する原審の判断は、結論に於いて正当であり、論旨は採用することができない。


第4 考察
 この判決に対しては、結論には賛成だが、理由の判断基準が明確でないと反対する意見が表明されている。有名なBBS事件・最高裁判決(平成7年(オ)1988号)に次ぐ、消尽論の判決なので、紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '08/11/19