損害賠償請求控訴事件(発明者の認定)

解説  最高裁判決を引いて、知財高裁があらためて発明者を判断した損害賠償請求控訴事件
(知的財産高等裁判所・平成20年(ネ)第10037判決 平成20年5月29日)
〔原審・東京地裁平成17年(ワ)第13753号、第8359号〕
 
第1 事案の概要
 原告は、以下の通り主張して被告に対して損害賠償の請求をした。
 原告は環境保全サービスと高知大学との共同研究の過程で発明をした処、被告が環境保全サービス及び原告に無断で、自らを発明者として第三者に特許を受ける権利を譲渡し、当該第三者に特許出願させ、該発明が自らの研究成果であるかのように装って、文部省に助成金の交付申請をしたこと、及び学術団体の学術賞を受賞するように仕向けたことは、原告の発明者名誉権、名誉権及び名誉感情を侵害したとして、不法行為に基づく損害賠償を請求した。原審は、原告に合計100万円の限度で賠償請求を認めた。
 本件は、これを不服として被告が控訴した事案である。

第2 争点
(1)本願発明の発明者は原告か。
(2)被告は、本件発明を第三者に特許出願させたことにより、原告の名誉権を侵害したか。
(3)被告は、本件助成金を申請したことにより、原告の名誉感情を侵害したか。
(4)被告は、学術賞を受賞したことにより、原告の名誉感情を侵害したか。
(5)損害額はいくらか。

第3 判決
 原判決を取り消す。原告の請求を棄却する。

第4 裁判所の判断
@ 争点1について。
   発明とは、自然法則を利用した技術思想の創作のうち高度なものをいうと規定され、(特許法2条1項)、産業上利用することができる発明をした者は、………その発明について特許を受けることができると規定され(同法29条1項柱書き)、また、発明は、その技術内容が、当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度まで具体的・客観的なものとして構成されたときに、完成したと解すべきであるとされている(最高裁昭和52年判決)。
 従って、発明者とは、自然法則を利用した高度な技術思想の創作に関与した者、すなわち、当該技術的思想を当業者が実施できる程度にまで具体的・客観的なものとして構成する創作活動に関与したものを指すというべきである。例えば、管理者として、部下の研究者に対して一般的管理をした者や、一般的な助言・指導を与えた者や、補助者として、研究者の指示に従い、単にデータをとりまとめた者又は実験を行った者や、発明者に資金を提供したり、設備の利用の便宜を与えることにより、発明の完成を援助した者又は委託した者等は、発明者に当たらない。もとより、発明者となるためには、一人がすべての過程に関与することが必要なわけではなく、共同で関与するすることで足りると言うべきであるが、複数の者が共同発明者となるためには、課題を解決するための着想及び具体化の過程において、一体的・連続的な協力関係の下に、夫々が重要な貢献をなすことを要するというべきであるとし、原告が発明者に当たるか否かを検討した。
A 本願発明についての原告の関与
   上記基準に照らして検討した結果、原告は、本件発明に至るまでの過程において、Mから実験結果の報告を受けていたに止まり、本件発明の有用性を見出したり、当業者が反復実施して技術効果を挙げることができる程度に具体的・客観的な構成を得ることに寄与したことはない。原告は、Mに対して、管理者として、一般的な助言・指導を与えたに過ぎないので、本願発明の発明者であると認めることはできない。
 以上の通り、本願発明の発明者は、Mと被告であり、原告は本願発明の発明者ではない。
B 争点2および3
   原告は本願発明の発明者ではないから、被告が特許を受ける権利を譲渡してTN四国が特許出願したこと、又は助成金申請をしたことにより、原告と被告との関係において何ら不法行為を構成することはない。原告の主張は理由がない。
 よって、原告の請求の一部を認容した原判決は不当であり、被告の本件控訴は理由があるから主文のとおり判決する。

第5 考察
 共同発明の特許出願の際に、発明者が誰であるかは、実務上頭を悩ます困難な問題である。参考までに原審の概要を説明する。

(原審の判断)
 X1(原告)は、高知大学と共同研究契約を締結し、研究費を提供した会社側の管理者である。X2(原告)は、大学側の担当教授であり、Y(被告)は、X2の退官後、X2の後を継いだ教授である。Mは修士課程の留学生である。本件は、X2は、Mを補助者として使用して共同研究を実施し、その成果としてX1に報告書を提出したが、Yは自己を発明者として他者に特許出願させた発明は、X2がX1に提出した報告書に記載されたものであり、その真の発明者はX2であるとして、X1は、当該特許出願に対抗する措置を採ることを強いられたこと、また、X2は当該特許出願により発明者の名誉権を侵害されるとともに、Yが助成金交付申請、学術賞受賞するよう仕向けたことが、名誉感情を侵害した不法行為である主張した。

 争点は、多岐に亘るが、主な争点は@原告に提出された報告書に記載された技術と特許出願に係る発明との関係、A特許出願に係る発明の真の発明者の認定であった。
 結論として、X1の請求はY等の関係で、X1には法的に保護されるべき利益がないとして、Yの行為の違法性を否定した。他方、X2の請求については、特許出願による発明者名誉権の侵害を認めると共に、被告の助成金申請行為についても、名誉感情の侵害による不法行為の成立を認めた。学術賞受賞するよう仕向けた点については、主張立証が無いとして否定した。
 原審は、報告書に記載された技術と、請求項ごとに対比して発明者を認定している。Aの点については、何れの請求項についても発明者はX2のみであると判断し、何れの請求項についても冒認出願であると認めたものである。
 その詳細は、判決がデータベースに公表されていないので不明である。然し乍ら、本件は、知財高裁があらためて、最高裁判決を引いて、発明者を判断した事例であるから、実務上の指針・参考となるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '09/01/18