審決取消請求事件(委任省令要件違反)

解説  特許法36条4項1号に規定する委任省令として特許法施行規則24条の2が規定した「技術上の意義を理解するために必要な事項」は、実施可能要件の有無を判断するに当っての間接的な判断要素として活用されるように解釈適用されるべきであって、実施可能要件とは別個の独立した要件として、形式的に適用されるべきではない、また、発明の詳細な説明中の「課題及びその解決手段」に記載される必要もなく、当業者が発明の技術上の意義を当然に理解できれば足りるのであって、明示的な記載は必要ないとされた審決取消請求事件
(知財高裁・平成20年(行ケ)第10237号、判決言渡 平成21年7月29日)
 
第1 事案の概要
 原告は、発明の名称「スロットマシン」の特許権者であり、平成16年10月29日設定登録された。被告は、平成19年1月当該特許を無効とすることを求める審判を請求した。これに対し、特許権者は訂正請求(以下「本訂正」という)を行い、更に12月に訂正請求をし、平成20年2月に本件訂正請求書を補正する手続補正をした。
 これに対して特許庁は、前記補正を認めたが、訂正については、126条3項の規定に適合しないとして、これを認めず「特許を無効とする」との審決をした。原告はこれを不服として審決取消訴訟を提起した事案である。
(注)争点が多岐にわたるため、委任省令要件違反の争点についてのみ紹介する。

第2 審決の要点
 審決は、委任省令要件違反が実施可能要件違反としては別個の独立した無効理由になることを前提として、該発明は、その解決課題及びその解決手段その他の当業者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項が、明細書の発明の詳細な説明中の「課題及びその解決手段」の段落部分に記載されていないから、特許法123条1項4号の規定により無効にすべきであると判断した。

第3 原告の主張
 委任省令は、すべての請求項に記載されたすべての発明について、そのすべての課題を【発明が解決しようとする課題】欄に記載しなければならないことを規定しているわけではない。このことは審査便覧に記載の趣旨からも窺がえる。技術常識に属する従来技術から課題が理解できる場合に該当する本件の場合に限って、突如として厳格に「課題」欄の記載を求めるのは、公平取扱いの原則に反して不当である。

第4 裁判所の判断
 審決を取消す。
取消事由21(委任省令要件違反に関する判断の誤り)について
 委任省令要件違反があるとした審決の判断は、誤りである。
 特許法36条4項は、「発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と定め、同条同項1号において、「一経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。」と定めている。そして、上記の「経済産業省令」にあたる特許法施行規則24条の2は「特許法三十六条第四項第一号の経済産業省令で定めるところによる記載は、発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することによりしなければならない。」と定めている。
 特許法36条4項1号において、「通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること」(いわゆる「実施可能要件」)を規定した趣旨は、通常の知識を有する者(当業者)がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したといえない発明に対して、独占権を付与することになるならば、発明を公開した代償として独占権を付与するという特許制度の趣旨に反する結果を生ずるからである。
 ところで、そのようないわゆる実施可能要件を定めた特許法36条4項1号の下において、特許法施行規則24条の2が(明細書には)「発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項」を記載すべきとしたのは、特許法が、いわゆる実施可能要件を設けた前記の趣旨の実効性を、実質的に確保するためであるということができる。そのような趣旨に照らすならば、特許法施行規則24条の2の規定した「技術上の意義を理解するために必要な事項」は、実施可能要件の有無を判断するに当って間接的な判断要素として活用されるように解釈適用されるべきであって、実施可能要件と別個の独立した要件として、形式的に解釈適用されるべきではない。
 もとより、特許法施行規則24条の2の求める事項は、発明の詳細な説明中の「課題及びその解決手段」に記載される必要もなく、当業者が技術上の意義を当然に理解できれば足りるのであって、明示的な記載は必要ない。審決は、請求項1ないし9、11、13及び14に係る発明が、本件特許発明明細書【発明が解決しようとする課題】の欄に記載された課題のいずれいも該当しないことのみをもって「経済産業省令で定めるところにより記載されたものであるとは認められない」と判断した。審決の上記判断は誤りである。
 なお、本件特許明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて、当業者であれば、サブリールの演出の趣向性を向上させるという課題を理解することができる。
 請求項1ないし9、11、13及び14について、委任省令違反があるとした審決の判断が誤りである旨の原告主張の取消事由21には、理由がある。

(結論)
 以上によれば、審決には、結論に影響を及ぼす違法があるから、原告の請求を認容することとし、主文(審決を取消す)のとおり判決する。

第5 考察
 特許法36条4項1号の規定は、発明の詳細な説明についての記載内容を規定していて、いわゆる実施可能要件を規定したものであるとされる。
 発明を公開した代償として一定期間の独占権を付与すると言う特許制度の趣旨に適合する程度の開示を求めているものと理解される。
 この事件は、特許法36条4項1号に規定する委任省令として特許法施行規則24条の2が規定した「技術上の意義を理解するために必要な事項」は、実施可能要件の有無を判断するに当っての間接的な判断要素として活用されるように解釈適用されるべきであって、実施可能要件とは別個の独立した要件として、形式的に適用されるべきではない。
 また、発明の詳細な説明中の「課題及びその解決手段」に記載される必要もなく、当業者が発明の技術上の意義を当然に理解できれば足りるのであって、明示的な記載は必要ないとされた。
 要するに、明細書及び図面の全体の記載又は出願当時の技術常識を動員して、課題が理解できるものであれば、必ずしも様式に規定された当該欄に記載しなくともよいとの当然と思われる結論であった。
 今後の実務上の参考となると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '10/03/10