職務発明対価請求事件(半導体レーザー装置)

解説  「使用者等が受けるべき利益の額」が認められないのであるから、これらの発明について相当の対価の額の請求も認められない、とし、職務発明の対価請求が棄却された事例
(東京地裁・平成19年(ワ)第10469号 判決言渡 平成20年9月29日)
 
第1 事案の概要
 本件は、被告の元従業員である原告が、在職中にした「半導体レーザー装置」に関する発明等、合計6件の職務発明について、特許を受ける権利を被告に継承させたので、(改正前)特許法35条3項に基づき、上記承継の対価の内、一部請求として、金1億円の支払いを求めたものである。

第2 主な争点
 @本件各発明の実施の有無、  A独占の利益の有無、  B仮想実施料、  C被告の貢献度、  D共同発明者間における原告の貢献度、  E相当対価額、  F消滅時効の起算点(消滅時効の抗弁)

第3 裁判所の判断
(1)判決:原告の請求を何れも棄却する。

(2)争点A及びFについてのみ紹介する。
A 争点A(独占の利益の有無について)本件特許AないしC
 勤務規則等により、職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は、勤務規則等に、使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても、これによる対価の額が改正前特許法35条4項の規定に従って定められた対価の額に満たない時は、同条3項の規定に基づき、その不足する額に相当する対価の支払いを求めることができると解するのが相当である(最高裁、平成15年4月22日、参照)。
 そして、使用者等が、職務発明について特許を受ける権利等を承継しなくとも、当該特許権について無償の通常実施権を取得する(同条1項)ことからすると、同条4項に規定する「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」とは、使用者等が当該発明を実施することによって得られる利益の額ではなく、当該発明を実施する権利を独占することによって得られる利益(独占の利益)の額と解すべきである。
 そして、当該特許発明の実施について、実施許諾を得ていない競業他者に対する禁止権に基づく独占の利益が生じていると言えるためには、当該特許権の保有と競業他者の排除との間に因果関係が認められることが必要であるところ、その存否については、 @特許権者が当該特許について有償実施許諾を求める者にはすべて合理的な実施料でこれを許諾する方針(開放的ライセンスポリシー)を採用しているか、あるいは、特定の企業にのみ実施許諾をする方針(限定的ライセンスポリシー)を採用しているか、 A当該特許の実施許諾を得ていない競業他者が一定割合で存在する場合でも、当該競業他者が当該特許発明に代替する技術を使用して同種の製品を製造販売しているか、代替技術と当該特許発明との間に作用効果等の面で技術的に顕著な差異がないか、また、 B包括ライセンス契約あるいは包括クロスライセンス契約等を締結している相手方が、当該特許発明を実施しているか又はこれを実施せず代替技術を実施しているか、さらに、 C特許権者自身が当該特許発明を実施しているのみならず、同時に又は別な時期に、他の代替技術も実施しているか等の事情を総合的に考慮して判断すべきである。

(独占の利益がないとした理由)
 以上、検討したところによれば、被告は、本件各特許につき、開放的ライセンスポリシーを採用していたこと、本件各発明の代替技術が存在し、両者の間に作用効果等の面で顕著な差異が存在すると認めることができないこと、クロスライセンス契約の相手方が、本件各発明を実施しているとは認められないこと、被告自身も本件各発明の代替技術を実施していたこと等を総合考慮すると、被告の競業他者が本件各発明を実施していないことが本件各特許の禁止権に基づくものであるという因果関係を認めることはできない。
 従って、被告が、仮に、本件発明AないしCを自己実施しているとしても、それらの禁止権の効果により独占の利益を得ているということはできない。
 以上の通り、本件発明AないしCについて、被告に「使用者等が受けるべき利益の額」が認められないのであるから、これらの発明について相当の対価の額も認められず、その余の点について判断するまでもなく、本件発明AないしCについての相当の対価の支払請求は、いずれも理由がないことに帰する。

B 争点F(消滅時効の起算点について)本件特許DないしF
 職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則等に定めがある場合においては、従業者等は、当該勤務規則等により、相当の対価の支払いを受ける権利を取得する(改正前特許法35条3項)。対価の額については、その不足する額について支払いを求めることができるのであるが、勤務規則等に支払い時期が定められているときは、その支払期が到来するまでの間は、権利の行使につき法律上の障害があるものと解されるから、その規則等の定める支払い時期が、権利の消滅時効の起算点となる(最高裁、平成18年10月17日)。
 そうとすると、本件発明考案規定は、特許を受ける権利を承継した場合に、出願褒賞金及び登録褒賞金を支払うこととしており、その支払い時期は、特許出願時及び特許登録時であるものと認められる。この他、実施された場合等には、実績補償としての実施褒賞金が支払われる。この実績補償の支払い時期については、被告において、本件各特許の実施による利益を取得することが可能となり、実施褒賞金を支払う可能性が出てきた時点、即ち、特許権の設定登録時、当該発明の実施又は実施許諾時のうち、何れかの遅い時点と解するのが相当である。そこで、上記各時点につき検討するに、被告は原告に対し、本件発明D及びEの実施褒賞金として、平成4年6月8日以前に○○円を、Fにつき平成6年7月7日以前に○○円を夫々支払ったことが認められ、DないしFの実施褒賞金についての消滅時効は、上記各支払いにより中断し、そこから再び進行を開始したものと言える。そうとすると、原告が、被告に対し、本件発明DないしFの実施報奨金の支払いを催告した平成18年12月21日まで、10年以上経過していることが明らかであるから、各支払請求権につき消滅時効が完成しているものである。従って、本件発明DないしFについての相当対価支払請求権は、時効により消滅したというべきである。
 よって、その余の点について判断するまでも無く、本件発明DないしFについての相当の対価の支払請求は、何れも理由がないことに帰する。

第4 考察
 本件は、職務発明の対価請求が棄却された事例である。「使用者等が受けるべき利益の額」が認められないのであるから、これらの発明について相当の対価の額の請求も認められない、とした。実務上の指針・参考となるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '10/02/26