冒認出願に係る事実についての主張立証責任の所在

解説  審決取消訴訟において、冒認の主張立証責任の所在及びその立証の程度について判断が示された事件
(知財高裁・平成20年(行ケ)第10427号、判決言渡 平成21年6月29日)
 
第1 事案の概要
 被告は、発明の名称「基板処理装置及び基板処理方法及び基板の製造方法」の特許権者であり、平成16年10月29日設定登録された。原告は平成20年1月15日、本件特許が、発明者でない者の特許出願に対してされたものである(いわゆる冒認出願)ことを理由に無効審判を請求した。特許庁は平成20年10月14日「本件審判の請求は成り立たない」との審決をした。そこで、この審決を不服とした原告が、審決取消訴訟を提起したものである。

第2 審決の理由
 審決は、要するに冒認出願であることの主張立証責任を審判請求人が負うとの判断を前提とし、無効審判請求人である原告が提出した各証拠、及び原告が主張する無効にすべき理由によっては、本権特許が冒認出願に対してされたものであることには出来ない、と言うものである。

第3 原告の主張
 審決には、以下の誤りがある。
 冒認出願についての主張立証責任の判断の誤り(取消事由1)、審決の結論に影響を及ぼす手続上の誤り(取消事由2)、本件特許が冒認出願されたものではないとの判断の誤り(取消事由3)があるから、取り消されるべきである。

第4 裁判所の判断
(1) 取消事由1について
 冒認出願に係る事実の主張立証責任ないし主張立証責任の程度について
 特許法は、29条1項に「発明をした者は、………特許を受けることができる。」と、33条1項に「特許を受ける権利は、移転することができる。」と、34条1項に「特許出願前における特許を受ける権利の承継は、その承継人が特許出願をしなければ、第三者に対抗することができない。」と、それぞれ規定していることから明らかなとおり、特許権を取得し得る者を発明者およびその承継人に限定している。このような、いわゆる「発明者主義」を採用する特許制度の下においては、特許出願に当って、出願人は、この要件を満たしていることを、自ら主張立証する責めを負うものである。このことは、36条1項2号において、願書の記載事項として「発明者の氏名及び住所又は居所」が掲げられ、特許法施行規則5条2項において、出願人は、特許庁からの求めに応じて譲渡証書等の承継を証明するための書面を提出しなければならないとされていることによっても、裏付けられる。
 ところで、123条1項は、特許無効審判を請求できる場合を列挙しており、同項6号は、「その特許が発明者でない者であってその発明について特許を受ける権利を承継しないものの特許出願に対してなされたとき。」(冒認出願)と規定する。同規定を形式的にみると、「その特許が発明者でない者………に対してされたとき」との事実につき、無効審判請求人において、主張立証責任を負担すると読む余地がないわけではないが、このような規定振りは、あくまでも同条の立法技術的な理由に由来するものであって、同規定から、29条1項等所定の発明者主義の原則を、変更したものと解することは妥当でない。したがって、冒認出願(123条1項6号)を理由として請求された特許無効審判において、「特許出願がその特許に係る発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと」についての、「特許出願がその特許に係る発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと」についての主張立証責任は、特許権者が負担すると解すべきである。
 冒認出願を理由として請求されて特許無効審判において、「特許出願がその特許に係る発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと」についての主張立証責任を、特許権者が負担すると解しても、そのような解釈が、すべての事案において発明の経緯等を個別的、具体的に主張立証しなければならないことを意味するものではない。
 特許権者の行なうべき主張、立証の内容、程度は、冒認出願を疑わせる具体的な事情の内容及び無効審判請求人の立証活動の内容、程度がどのようなものかによって大きく左右される。
 仮に無効審判請求人が、冒認を疑わせる具体的な事情を何ら指摘することなく、かつ、その裏付け証拠を提出していないような場合は、特許権者が行なう主張立証の程度は比較的簡易なもので足りる。これに対して、冒認を裏付ける事情を具体的詳細に指摘し、その裏付け証拠を提出するような場合は、特許権者において、これを凌ぐ主張立証をしない限り、主張立証が尽くされたと判断されることはないと言える。そして、冒認を疑わせる具体的な事情の内容は、発明の属する技術分野が先端的な技術分野か否か、発明が専門的な技術、知識、経験を有することを前提とするか否か、実施例の検証等に大規模な設備や長い時間を有する性質のものであるか否か、発明者とされている者が発明の属する技術分野についてどの程度の知見を有しているか、発明者と主張する者が複数存在する場合に、その間の具体的事情や相互関係がどのようなものであったか等、事案ごとの個別的な事情により異なるものと解される。

(2) 小括
 以上の通り、審決は、冒認出願についての主張立証責任の判断の誤り、審決の結論に影響を及ぼす手続上の誤り、本件特許が冒認出願に対してされたものであるとすることはできないとの判断の誤りがあり、これらの誤りは、審決の結論に影響を及ぼすものである。

 (結論)
 以上によれば、審決には、結論に影響を及ぼす違法があるから、原告の請求を認容することとし、主文(審決を取消す)のとおり判決する。

第5 考察
 この事件は、冒認を無効理由として無効審判請求されたが、冒認の主張立証責任は無効審判請求人側にあることを前提に、その立証がなされていないとして無効不成立審決がなされたので、審判請求人から審決取消訴訟を提起されたものであり、冒認の主張立証責任の所在及びその立証の程度について判断が示されたものである。本件を含め特許法の規定する各要件の立証責任の問題は、従来、一般の教科書等で殆ど論じられて来なかった問題の一つであった。特許法104条の3に規定する、特許無効の抗弁に対する訂正の問題等、今後に課題が残っている。今後の訴訟実務上の参考となると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '10/03/10