特許権侵害差止請求事件(切削方法)

解説  特許法104条の3の規定(特許権者等の権利行使の制限)において、特許権者から提出する再抗弁の成立要件として、@特許権者が適法な訂正請求又は訂正審判請求を行い、Aその訂正により無効理由が解消され、かつ、B被控訴人方法が訂正後の特許請求の範囲に属するものであることが必要であるとの要件を満たしている必要があることを示した事例
(知財高裁・平成20年(ネ)第10068号、判決言渡 平成21年8月25日)
 
第1 事案の概要
 控訴人は、発明の名称「切削方法」(以下「本件特許」という。)特許第3887614号の特許権者であり、被控訴人の被控訴人製品の製造、販売した行為について、控訴人は本件特許権を侵害するものとみなされるとして、@ 本件特許権に基づき、被控訴人製品の製造、販売等の差止めを求めるとともに、A 不法行為に基づく損害賠償として、3,400万円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めた。
 原判決(東京地判平20・8・28(平成19年(ワ)第19159号)は、被控訴人の上記行為による本件特許権の侵害の成否について判断することなく、無効の抗弁の判断を行ない、本件特許は、特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから、特許法104条の3により、本件特許権を行使することは出来ないとして、控訴人の請求を棄却したため、控訴人がこれを不服として控訴したものである。
 なお、控訴人は、平成20年10月17日、無効審判手続において、訂正請求を行った(第1次訂正)。
 控訴人は、訂正審判を請求した。平成21年4月15日、訂正請求を行った(第2次訂正)。

第2 控訴人の主張
(1)請求原因(間接侵害の成否)について
(2)訂正による無効理由の解消の有無
(3)控訴人は、当審において、上記各訂正により、本件特許権は無効にされるべきものとはいえない旨の主張を追加した。

第3 裁判所の判断
 判決:本件控訴を棄却する。
 本判決は、まず、文言上、被控訴人方法が本件発明の技術的範囲に属さないことは明らかであるとした上で、均等侵害については、本件明細書の記載に照らせば、控訴人は、被加工物すなわち切削対象物として半導体ウェーハの外、フェライト等が存在することを想起し、半導体ウェーハ以外の切削対象物を包含した上位概念により特許請求の範囲を記載することが容易にできたにもかかわらず、本件発明の特許請求の範囲には、あえてこれを「半導体ウェーハ」に限定する記載をしたものということができる。このように、当業者であれば、当初から「半導体ウェーハ」以外の切削対象物を包含した上位概念により特許請求の範囲を記載することが容易にできたにもかかわらず、控訴訴人は、切削対象を「半導体ウェーハ」に限定しこれのみを対象として特許出願し、切削対象を半導体ウェーハに限定しない当初の請求項1を削除するなどしたものであるから、外形的には「半導体ウェーハ」以外の切削対象物を意識的に除外したものと解されてもやむを得ないものと言わざるを得ない。そうすると、被控訴人方法は、均等侵害の要件のうち、少なくとも、前記D〔被控訴人方法が本件発明の特許出願手続において特許請求の範囲から除外されたものに当るなど特段の事情もないときは〕の要件を欠くことが明らかである。
 よって、被控訴人方法は、いずれにしても、本件発明の技術的範囲に属さないから、特許法101条5号による間接侵害は成立しない。
 また、本件発明は、引用発明1、2及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明することができたものといわざるを得ない。とした上で、
 従って、仮に、第1次訂正及び第2次訂正がされたとしても、本件特許が無効にされるべきことに変わりはないと言わなければならない。

(訂正による無効理由の解消の有無)
 原判決は、特許侵害の成否について判断することなく、本件特許が無効であるとして控訴人の請求を棄却していることから、このような本件事案に鑑み、以下、被控訴人の主張する特許法104条の3の抗弁についても、控訴人の主張する再抗弁を含めて、その成否を判断する。
 控訴人は、訂正により本件発明の無効理由が解消した旨主張する。
 然しながら、特許法104条の3の抗弁に対する再抗弁としては、@ 特許権者が適法な訂正請求又は訂正審判請求を行い、A その訂正により無効理由が解消され、かつ、B 被控訴人方法が訂正後の特許請求の範囲に属するものであることが必要である。
 本件において、被控訴人方法は、前記のとおり、文言上も、均等論に依っても、本件発明の技術的範囲に属するものではないから、本件発明の特許請求の範囲を更に減縮した、第1次訂正発明及び第2次訂正発明との関係でも、文言上も、均等論に依っても、第1次訂正発明及び第2次訂正発明の技術的範囲に属するものでなく、上記 B〔被控訴人方法が訂正後の特許請求の範囲に属するものであること〕の要件を欠くものといわなければならない。更に A〔その訂正により無効理由が解消され〕の要件も欠くと判断している。

(結論)
 以上の次第で、本件特許には特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから、控訴人は、特許法104条3により、被控訴人に対し、本件特許権を行使することができない。
 以上の次第であるから、控訴人の本訴請求に理由がないとした原判決は結論において正当であって、本件控訴は棄却されるべきものである。

第4 考察
 特許法104条の3の規定は、平成16年の特許法改正により設けられた規定である。いわゆる「特許権者等の権利行使の制限」といわれるものである。特許権侵害訴訟において、通常の経過として、被告は抗弁として該特許権に無効原因があるから、権利行使が出来ないとする抗弁を提出し、これに対し原告は、訂正審判乃至は無効審判において訂正請求を提出して、特許請求の範囲の補正を行なって、再抗弁を提出する。その際、特許権者から提出する再抗弁の成立要件として、@ 特許権者が適法な訂正請求又は訂正審判請求を行い、A その訂正により無効理由が解消され、かつ、B 被控訴人方法が訂正後の特許請求の範囲に属するものであることが必要である。前記の@〜Bの要件を満たしている必要があることを、示した知財高裁の判決として注目される。 今後の実務上の参考となると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '10/03/12