特許権侵害差止請求事件(プラバスタチンナトリウム)

解説  いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームであって、その発明の技術的範囲は、特許請求の範囲に記載された製造方法によって製造された物に限られるため、製造方法の相違を理由として請求棄却した特許権侵害差止請求事件
(平成19年(ワ)第35324号、 口頭弁論終結 平成22年2月1日号)
 
第1 事案の概要
(1)原告は、特許第3737801号の特許権者(以下「本件特許」という)であり、被告の製造販売している商品(以下「被告製品」という)が本件特許権を侵害するとして、被告製品の製造販売の差止等を求めたものである。

第2 争点(被告の主張)
 本件特許権は、いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームであって、その発明の技術的範囲は、特許請求の範囲に記載された製造方法によって製造された物に限られる。被告製品の製造方法はこれと異なる方法である。また、原告の特許は無効であると主張した。
(注)以下本稿では、プロダクト・バイ・プロセス・クレームの解釈の争点に限定して紹介することとする。

第3 裁判所の判断
判決 原告の請求をいずれも棄却する。
理由
(1)本件発明の技術的範囲につき、製造方法を考慮すべきか、否かについて
 本件特許の各請求項は、物の発明について、当該物の製造方法が記載されたもの(いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレーム)である。
 ところで、特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲に基づき定めなければならない(特許法70条1項)ことから、物の発明について、特許請求の範囲に、当該物の製造方法を記載しなくても物として特定することが可能であるにもかかわらず、あえて物の製造方法が記載されている場合には、当該製造方法の記載を除外して当該特許発明の技術的範囲を解釈することは相当でないと解される。
 他方で、一定の化学物質等のように、物の構成を特定して具体的に記載することが困難であり、当該物の製造方法によって、特許請求の範囲に記載した物を特定せざるを得ない場合があり得ることは、技術上否定できず、そのような場合には、当該特許発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定して解釈すべき必然性はないと解される。従って、物の発明について、特許請求の範囲に当該物の製造方法が記載されている場合には、原則として、「物の発明」であるからといって、特許請求の範囲に記載された当該物の製造方法の記載を除外すべきではなく、当該特許発明の技術的範囲は、当該製造方法によって製造された物に限られると解すべきであって、物の構成を記載して当該物を特定することが困難であり、当該物の製造方法によって、特許請求の範囲に記載したものを特定せざるを得ないなどの特段の事情がある場合に限り、当該製造方法とは異なる製造方法により製造されたが物としては同一であると認められる物も、当該特許発明の技術的範囲に含まれると解するのが相当である。

(2)本件に特段の事情はあるか
 本件請求項1には「プラバスタチンナトリウム」と記載されて物質的に特定されており、物の特定の為に製造方法を記載する必要がないにもかかわらず、あえて製造方法の記載がされていること、そのような記載となるに至った出願の経緯(特に、出願当初の特許請求の範囲には、製造方法の記載がない物と、製造方法の記載がある物の双方に係る請求項が含まれていたが、製造方法の記載がない請求項について進歩性がないとして拒絶査定を受けたことにより、製造方法の記載のない請求項をすべて削除し、その結果、特許査定を受けるに至っていること。)からすれば、本件特許権においては、特許発明に技術的範囲が、特許請求の範囲に記載された製造方法によって製造された物に限定されないとする特段の事情があるとは認められない(むしろ、特許発明の技術的範囲を当該製造方法によって製造された物に限定すべき積極的な事情があるということができる)。
 従って、本件発明1の技術的範囲は、本件特許の請求項1に記載された製造方法によって製造された物に限定して解釈すべきである。従って、原告の主張は採用することはできず、本件訂正後の請求項1の技術的範囲は、本件訂正後の請求項1に記載されて製造方法によって製造された物に限定して解釈すべきである。

(3)製造方法について
 原告工程にいう「プラバスタチンの濃縮有機溶液」とは水を含まないものと解するのが相当である。
 これに対して、本件各証拠に照らしても、認定被告製法において「プラバスタチンの濃縮有機溶液」を形成する工程があるとは認められない。
 以上のことからすれば、認定被告製法においては、原告工程の「プラバスタチンの濃縮有機溶液」を形成する工程がないと認められる。

(4)特許法104条(生産方法の推定規定)の適用又は準用
 然しながら、本件各発明は、製造方法の限定が付されたものであっても、物の発明であるから、特許法104条が適用されることはない。また、同条を準用すると言う明文の規定もないから、本件各発明について、同条が準用されることもない。

(小括)  以上のことから、被告製品は、原告工程を充足するとは認められないから、その余の点を判断するまでもなく、被告製品は、本件発明の技術的範囲に属するとは認められない。

第4 考察
 本件判決は、いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの解釈に関する事例である。下級審の判例は、分かれていて、上級審の判例も明確でない状況であると言われている。学説においては、プロダクト・バイ・プロセス・クレームは、あくまでも物の発明を示すクレームであるから、他の方法で製造された物であっても、最終的物が同一ならば技術的範囲に属するとする物質同一説が通説であると言われている。本件の判決の中で示されているように、本件ではクレームされている物(プラバスタチンナトリウム)は、公知の物質であるから、本来から言うと、審査の過程において、物の発明ではなく、製造方法の発明とされて登録されるべきでは、なかったかと思われる。実務上は、その物の構造や物理的手段によって特定した発明が特許性がないにも拘わらず、その製造方法で特定したことによって特許登録を得ている場合があるが、本来無効とされるべきものとして、権利行使できないものであると学説は説明している。
 そうであれば、判決は製造方法の相違を理由として請求棄却しているが、被告の特許無効の抗弁で棄却する方法を採ることもできたのかも知れない。
 本件のケースでは、審査の過程において、補正をする際のミスに起因しているのではないかと推察される。補正の際には、全体を注意深く見直すことの重要性を示唆しているものと考えることもできるのではないだろうか。
 今後、実務上の参考となる部分があると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '10/10/01