審決取消請求事件(伸縮性トップシートを有する吸収性物品)

解説  平成6年改正により特許請求の範囲記載の自由度が増したと解されているが、明確性が必要とされることに変わりはないとして、特許請求の範囲の記載要件を明確にした審決取消請求事件
(平成21年(行ケ)第10434号、 判決言渡 平成22年8月31日)
 
判決の主文
1 特許庁が不服2007−30633号事件について平成21年8月19日にした審決を取り消す。 2 訴訟費用は、被告の負担とする。

第1 事案の概要
 原告は、発明の名称を「伸縮性トップシートを有する吸収性物品」とする発明について、平成15年特許出願(特願2003−515189)をした。
 平成18年に手続補正をしたが、平成19年に拒絶査定がされた。これに対して平成19年不服の審判を請求し、同年12月に特許請求の範囲を対象とする手続補正をした。特許庁は、平成22年「本件審判の請求は、成り立たない」との審決(以下「審決」という。)をした。本件は、これを不服として審決取消訴訟を提起したものである。

第2 争点
(1)(原告の主張)
取消事由:審決には、法36条6項2号の解釈、適用の誤りがある。
 従って、本件審決は取り消されるべきである。
(2)被告の主張
@各補正発明の特許請求の範囲は、どのような大きさ、形状、材質とすれば、本願発明で特定されている弾性体に係る構成を充足することになるのか、当業者において理解することができないから不明である。
A第三者は、自己の製品が特許発明の技術的範囲に属するか否かは、実験等をしなければ確認できないから、特許請求の範囲の記載は不明である。
(注)技術上の争点は、省略し、法解釈論について説明する。

第3 裁判所の判断
法36条6項2号の解釈、適用の誤りについて
 当裁判所は、本願各補正発明が法36条6項2号に違反し、特許独立要件を欠くとして本件補正を却下した審決には、法36条6項2号の解釈、適用について誤りがあるから、取り消されるべきであると判断する。
理由: 法36条6項2号の趣旨について
 法36条6項2号は、特許請求の範囲の記載に関し、特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は、仮に、特許請求の班員に記載された発明が明確でない場合には、特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり、第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るので、このような不都合を防止することにある。
 そして、特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術的常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきことはいうまでもない。
 上記の通り、法36条6項2号は、特許請求の範囲の記載に関して、「特許を受けようとする発明が明確であること。」を要件としているが、同号の趣旨は、それに尽きるのであって、その他、発明に係る機能、特性、解決課題又は作用効果等の記載を要件としているわけではない。この点、発明の詳細な説明の記載については、法36条4項において、「経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない。」と規定されていたものであり、同4項の趣旨を受けて定められた経済産業省令(平成14年8月1日経済産業省令第94号による改正前の特許法施行規則24条の2)においては、「特許法三十六条第四項の経済産業省令で定めるところによる記載は、発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することによりしなければならない。」と規定されていたことに照らせば、発明の解決課題やその解決手段、その他当業者において発明の技術上の意義を理解するために必要な事項は、法36条4項への適合性判断において考慮されるものとするのが特許法の趣旨であるものと解される。
 また、発明の作用効果についても、発明の詳細な説明の記載要件に係る特許法36条4項について、平成6年法律第116号による改正により、発明の詳細な説明の記載の自由度を担保し、国際的調和を図る観点から、「その実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない。」とのみ定められ、発明の作用効果の記載が必ずしも必要な記載とはされなくなったが、同改正前の特許法36条4項においては、「発明の目的、構成及び効果」を記載することが必要とされていた。
 このような特許法の趣旨等を総合すると、法36条6項2号を解釈するに当って、特許請求の範囲の記載に、発明に係る機能、特性、解決課題ないし作用効果との関係での技術的意味が示されていることを求めることは許されないというべきである。仮に、法36条6項2号を解釈するに当たり、特許請求の範囲の記載に、発明に係る機能、特性、解決課題ないし作用効果との関係で技術的意味が示されていることを要件とするように解釈するとするならば、法36条4項への適合性の要件を法36条6項2号への適合性の要件として、重複的に要求することになり、同一の事項が複数の特許要件の不適合理由とされることになり、公平を欠いた結果を招来することになる。
 そうすると、「伸張時短縮物品長Ls」、「収縮時短縮物品長Lc」と関連させつつ、吸収性物品の弾性特性を「第1負荷力」及び「第2負荷軽減力」により特定する本願各補正に係る特許請求の範囲の記載は、当業者において、本願補正明細書(図面を含む)を参照して理解することにより、その技術的範囲は明確であり、第三者に対して不測の不利益を及ぼすほどに不明確な内容を含んではいない。
 また、第三者が自己の製品を製造、販売等をするに当たり、当該製品が特許発明の技術的範囲に属するか否かを確認する作業を必要とすることは当然のことであって、確認する作業が必要であるからとの理由で特許請求の範囲の記載が不明確であるとすることはできない。

第4 考察
 本件判決は、平成6年改正による、特許請求の範囲の記載要件を明確にしたものと思われ、改正前は特許請求の範囲に「発明の構成に欠くことのできない事項」の記載が要求されていて、「構成特定」と呼ばれていた。この改正により特許請求の範囲記載の自由度が増したと解されているが、明確性が必要とされることに変わりはない。今後、実務の参考になる部分があると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '10/05/04