審決取消請求事件〔技術分野について〕(水処理装置)

解説  特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした審決の取消請求事件において、本願発明と引用発明との「想到容易性」判断の距離感を測る一つの尺度が示された事例
(平成22年(行ケ)第10237号、 口頭弁論終結日 平成23年3月3日)
 
第1 事案の概要
 原告は、発明の名称を「水処理装置」とする特許出願を平成20年6月17日に行った。
 平成21年に拒絶査定を受けたので、拒絶査定不服の審判を請求した。これに対し特許庁は、平成22年6月に「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をした。原告はこれを不服として、本件審決取消訴訟を提起したものである。

第2 審決の認定
 本件審決は、その判断の前提として、引用発明並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点を以下の通り認定した。
ア 引用発明 上部に工場等から排出される廃液中の有機物と水を混合して反応器に供給する被反応物供給路及び過酸化水素等の酸化剤を供給する酸化剤供給路が連結する、被反応物を反応器内に、噴射流調整装置により噴射流の霧化度を変化させて噴射する噴射装置と、下端部には反応物取出口が設けられる耐圧材料を用いた反応器を含む水熱反応装置
イ 一致点 上部に被処理水の供給口、下部に排出口が設けてある圧力容器と、前記圧力容器の供給口には被処理物を供給する管路が接続してあり、前記圧力容器内部には供給口に連結した噴霧装置が設けてある処理装置
ウ 相違点1 略
エ 相違点2 本願発明は、「水処理」について特定されていないのに対し、引用発明においては、「水熱処理」に特定

第3 争点
取消事由1:審決には、発明の認定及び一致点の認定の誤りがある。
取消事由2:相違点2の認定の誤り。
 従って、本件審決は取り消されるべきである、と主張した

第4 裁判所の判断
判決 特許庁が不服2009−20849号事件についてした審決を取り消す。
(1)本願発明と引用発明との対比について
ア 本件審決は、引用発明の「水熱反応装置」は、水熱反応処理を行うから、本願発明の「水処理装置」と「処理装置」の点で共通すると認定し、処理の内容に関して実質的に対比することなく、「処理装置」と言う部分が共通すると判断した。
イ しかし、本願発明の「水処理装置」は、被処理水を処理する装置であって、水は処理の対象であるのに対し、引用発明の「水熱反応装置」は。水熱反応を行う装置であって、水は有機物の酸化分解を促進する水の超臨界又は亜臨界状態を形成するための媒体であり、水自体は処理の対象とは言えない。
 このように、両者は、水の役割と言う点において、異なるものであり、技術分野においても異なるということができる。
ウ また、本願発明の「水処理装置」と、引用発明の「水熱反応装置」とを対比すると、本願発明が、被処理水をオゾンガスと混合し、従来の2倍以上の圧力をかけることが可能となり、結果として効率が劇的に向上させたもので、圧力容器内は、0.4MPaになるまで内圧を上昇させ、維持したと記載しているのに対し、引用発明では、温度に依存するが、少なくとも2.5MPa以上の状態で水熱反応を行う反応容器内によるものである。
 このように、両者は、少なくとも容器内の圧力状態が異なるものである。加えて、温度の観点からみても、本願発明において、圧力容器内の温度上昇に関する記載はなく、引用発明では、374℃以上の超臨界状態又は374℃以下であっても臨界点に近い高温状態をいうと定義されている。このように、両者は、容器内の温度状態も異なっている。
エ 依って、引用発明の「水熱反応装置」は、水熱反応処理を行うから、本願発明の「水処理装置」と「処理装置」の点で共通すると言うことが出来るとした本件審決の一致点の認定には、誤りがある。
小括
 以上によれば、引用発明の「水熱反応装置」と本願発明の「水処理装置」とが「処理装置」の点で共通するとした本件審決の一致点の認定は、誤りであり、これを相違点として判断しなかった本件審決には、結論に影響を及ぼす違法がある。
(2)取消事由2(相違点2の認定判断の誤り)
 相違点2は、本願発明は、「水処理」について特定されていないのに対し、引用発明のおいては、「水熱処理」に特定する点である。
 引用発明においては、臨界状態又は亜臨界状態の高温高圧の水の存在下に被反応物を酸化反応等させる水熱反応が前提となっているのであるから、引用発明に基づき、0.4MPa程度の容器内圧で処理を行う本願発明の「水処理装置」の想到することは、引用発明の前提の変更することになり、当業者が容易に想到し得るとは言えない。また、高温高圧で使用することを前提としている引用発明の耐圧容器は、本願発明の圧力容器とは異なるものであるから、オゾンを使用していることから高温にすることは示唆されているとはいえず、相違点2を容易に想到することはできない。
 このように、高温高圧で使用することを前提としている引用発明の耐圧容器は、本願発明の圧力容器とは、必要とされる耐圧性、耐熱性、それに伴う大きさや形状が異なるものであるから、水熱処理を前提とした引用発明から、本願発明を容易に想到できるということはできない。また、仮に、水の役割の相違を度外視したとしても、オゾンを高濃度で被処理水に可溶させる工夫をしている本願発明において、オゾン離脱を伴うことになる高温条件を対象とすることは、本願発明において想定されていたとは言えず、相違点2を容易に想到することはできない。
 小括
 よって、取消事由2も、理由がある。

第5 考察
 本件審決理由は、要するに、本願発明は「水熱反応装置」である引用発明及び周知技術等に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであり、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができないとした。原告は、取消事由として、発明の認定の誤り及び一致点の認定の誤り、相違点の認定判断の誤りを主張した。両者は、水の役割という点において、異なるものであり、技術分野においても異なるものと言うことができる。そして、その結果は前記の通りであるが、判決の指摘した点を詳細に検討すれば、本願発明と引用発明との「想到容易性」判断の距離感を測る一つの尺度として利用することができる。今後、実務の参考になる部分があるかと思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '12/2/15