審決取消訴訟事件(臭気中和化及び液体吸収性廃棄物袋)

解説  審決取消訴訟事件において、進歩性の判断における阻害事由について、どのような場合に具体的に適用されるかが伺える分かり易い事例
(知財高裁・平成22年(行ケ)第10351号、判決言渡 平成23年9月28日)
 
第1 事案の概要
 原告は、発明の名称を「臭気中和化及び液体吸収性廃棄物袋」とする発明について、平成11年11月16日特許出願をした。平成20年10月に拒絶理由が通知され、平成21年2月に手続き補正書を提出したが、拒絶査定を受け、不服の審判(不服2009−10504号事件)を請求した。特許庁は、平成22年7月、「本件審判の請求は成り立たない」との審決をした。これを不服として、本件審決取消訴訟を提起した。本件発明の請求項1は下記である。
 【請求項1】
 飲食物廃棄物の処分のための容器であって、飲食物廃棄物を受け入れるための開口を規定し、かつ、内表面および外表面を有する液体不透過性壁と、前記液体不透過性壁の前記内表面に隣接して配置された吸収材と、前記吸収材に隣接して配置された液体透過性ライナーとを備え、前記容器は前記吸収材上に被着された効果的な量の臭気中和剤組成物を持つ、飲食物廃棄物の処分のための容器。

第3 争点
(取消事由1) 相違点1について容易想到性判断の誤り
(取消事由2) 相違点2について容易想到性判断の誤り

第4 裁判所の判断
判決:特許庁が不服2009−10504号事件について平成22年7月5日にした審決を取り消す。
(1) 審決において、特許法29条2項が定める要件の充足性の有無、すなわち、当業者が、先行技術に基づいて、出願に係る発明を容易に想到することが出来たか否かを判断するに当っては、客観的であり、かつ判断が適切であったかを事後に検証することが可能な手法でされることが求められる。そのため、通常は引用発明から出発して、先行技術たる他の発明等を適用することによって、主たる引用発明と相違する構成に到達することが容易であったか否かを基準としてされる例が多い。
(2) 本件審決は、「主たる引用発明」に「従たる引用発明」を適用することによって、容易想到性を判断したものではなく、「特定の引用発明」のみを基礎として、これに特定の技術事項が周知であることに依って、本願発明と引用発明との相違点に係る構成は、容易に想到することができるとの結論を導いたものである。
(3) 審決は、本願発明が出願前公知の発明に基づいて容易に発明をすることができたとする理由を示しておらず、また、仮に何らかの理由を示したと読むことが出来たとしても、その理由には誤りがあると判断する。
(取消事由1) 相違点1について容易想到性判断の誤りについて
 相違点1は『本願発明は、吸収材に隣接して配置された液体透過性ライナーを備えているのに対し、引用発明は、液体透過性ライナーを備えていない点。』
 審決は、周知例1ないし5を例示して、相違点1に係る構成「液体不透過性壁内表面に隣接して吸収材が配置されたシート状部材において、その吸収材に隣接して液透過性のライナーを配置すること」は、従来周知の事項であり、容易であるとの結論を示しているが、その様な結論に至った合理的な理由を示していない。
 確かに、周知例1ないし5には、透過性ライナーが吸収材に隣接して配置された技術が記載されている。しかし、その様な技術が記載されているからと言って、本件において「引用発明を起点として、上記技術事項を適用することにより、本願発明の相違点1に係る構成に到達することは容易である」との立証命題について、引用発明の内容、本願発明の特徴、相違点の技術的意義、即ち「液透過性ライナーが、吸収材に隣接して配置された技術」の有する機能、目的ないし解決課題、解決方法を捨象して、「その吸収材に隣接して液透過性ライナーを配置する」技術一般について、一様に周知であるとして、当然に上記命題が成り立つとの結論を導くことは、妥当性を欠く。引用発明の周知技術を適用して、本願発明の上記相違点1に係る構成に至ることの動機付けはなく、容易であるとの結論を導くことはできない。
 即ち、引用発明は、「吸水性ポリマー層」が吸収材として用いられ、袋の内面に被覆され、その被覆された形状は安定的に維持されていて、吸収材の形状を更に維持しなければならないとする課題はないと解されることに照らせば、吸収材の形状等を維持する目的のために、刊行物1に記載も示唆もない「液透過性のライナー」を敢えて配置する動機付けは存在しない。結局、周知事項1を適用することが容易であるとした審決の理由は、理由が不備ないし判断の誤りがある。

(取消事由2) 相違点2について容易想到性判断の誤りについて
 相違点2は『容器は吸収材に保持された効果的な量の臭気中和組成物を持つ点について、本願発明は、臭気中和組成物が吸収材上に被着されているのに対し、引用発明は、臭気中和組成物である抗菌性ゼオライトが、吸収材に練り込まれている点。』

 相違点2に係る構成要件は「吸収材にゼオライト等の臭気中和組成物が吸収材上に被着させて行うこと」であるが、刊行物1には、臭気中和組成物である抗菌性ゼオライトは吸収材に練り込まれていることが記載され、「練り込むこと」に解決課題があること及び「練り込むこと」に代えて、他の態様を選択することを示唆する何らの記載もない。
 そうとすると、本願発明における相違点2に係る構成について、引用発明を起点として、周知事項2を適用することにより、当業者が容易に為し得たということはできず、相違点2に関する審決の容易想到性に関する判断は誤りである。

(結論)
 以上に依れば、その余の点につき判断するまでもなく、原告主張の取消事由1及び2は理由がある。よって、審決を取消すこととし、主文の通り判決する。

第4 考察
 本件は、拒絶査定不服の審判事件についての想到容易性の判断に関するものである。いわゆる進歩性の判断の適否である。本件のような事例は、日常の実務において、数多く発生する事例である。「阻害要因乃至事由」は審査基準に示されているが、どのような場合に具体的に適用されるかが伺える分かり易い事例であり、今後、実務の参考になる部分があるかと思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '12/6/8