特許権侵害差止請求控訴事件(飛灰中の重金属の固定化方法
及び重金属固定化処理剤)

解説 特許権侵害差止等請求控訴事件における損賠賠償額の算定に関して、特許権者が特許法102条1項により算定される逸失利益を請求する場合、これと並行して、同条3項に基づき算定される額を請求することはできないと、特許法102条第1項と第3項との関係について判断された事例である。
(知財高裁・平成22年(ネ)第10091号、判決言渡 平成23年12月22日)
 
第1 事案の概要
 原告は、発明の名称を「飛灰中の重金属の固定化方法及び重金属固定化処理剤」とする特許第3391173号の特許権者である。第1審で、被告の行為が本件特許権の侵害に当たるとして、行為の差止め及び損害賠償を請求した。原審は、被告に対して被告製品の生産等の差止め及び損害賠償を認めたが、原告のその余の請求を棄却した。原告は敗訴部分の取消等を求めて控訴したものである。

第2 主な争点
 本解説では、争点のうち争点3の損害額についてのみ説明する。
(1)1審原告は、損害賠償請求額の一部について、102条1項及び3項の双方により算定される損害額を合算して得られる額の支払いを求めた。
 これに対し、原判決は、その際知財高裁判決平18・9・25(平成17年(ネ)第10047号)を引用して、特許法102条1項ただし書きにより、特許権者が請求することが出来ないとされたものに対応する実施料相当額を、同3項により請求することはできないと判示した(原審・東京地裁・平成19年(ワ)第507号)。
 本件はこれを不服として、第1審原告が控訴したものである。

(2)控訴人の主張
 損害賠償額は、102条1項及び3項の双方により算定される損害額を合算して得られる額が支払われるべきである。
 むしろ、特許法102条1項は、逸失利の益計算方法に関する規定であるのに対し、同条3項は、それとは無関係に、特許権侵害者には最小限度実施料相当額の損害賠償責任があることを定めた法定賠償責任規定に他ならない点で、本質的な相異がある。従って、損害額算定方法が異なるものの、重複(二重)算定でない限り、その併用を否定すべき理論的根拠がなく、同条1項本文の適用を主張した
 侵害品の数量の一部が同項ただし書によって控除された場合であっても、その控除対象数量が特許発明の無許諾実施品であることに変わりはない以上、その部分が同条3項の適用対象となり得ることは、当然のことである。
 よって、同条1項と3項とを併用することに妨げはない、と主張した。

第3 裁判所の判断
争点3(損害額)について
 ところで、我が国の不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものである。
 そして、特許法102条1項本文は、特許権が独占権であると言う性格を前提として、侵害者の譲渡数量が特許権者の喪失した販売数量と等しいという考え方に基づき、侵害者が侵害の行為を組成したものを譲渡した数量に、特許権者らがその侵害行為がなければ販売するすることができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、特許権者らの実施の能力に応じた額を超えない限度において特許権者の損害額(逸失利益)とする旨を規定する一方、同項ただし書は、侵害者の譲渡数量が特許権者の喪失した販売数量と等しいとはいえないとする事情がある場合に、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するというものである。
 このように、同条1項は、特許権者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、その不利益を補てんして、特許権侵害という不法行為(民法709条)がなかったときの状態に回復させるため、その本文及びただし書の双方によって特許権者に生じた逸失利益の額の算定方法を定めているのであるから、特許法102条1項により算定された損害額は、特許権者に生じた逸失利益の全てを評価し尽くした結果であるというべきである。
 他方、特許法102条3項は、侵害者による特許発明の実施に対して受けるべき金銭の額に相当する額の金銭(実施料相当額)を特許権者らが受けた損害の額としてその賠償請求ができるとするものであって、特許権侵害という不法行為(民法709条)により特許権者が被った損害の立証の便宜を図るための規定であるが、上記のとおり、特許法102条1項が特許権者に生じた逸失利益の全てを評価し尽くしており、これにより特許権者の被った不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させているものと解される以上、特許権者は、同条1項により算定される逸失利益を請求する場合、これと並行して、同条3項により請求し得る損害を観念する余地がなく、同条に基づき算定される額を請求することはできないというべきである。
 従って、以上に反する1審原告の主張は、理由がないというほかない。

第4 考察
 本件は、損賠賠償額の算定に関する判断である。
 特許権者は、特許法102条1項により算定される逸失利益を請求する場合、これと並行して、同条3項に基づき算定される額を請求することはできないとされた例である。
 有力な学説は、特許法102条1項で損害賠償を請求したが、権利者において販売することができない事情があるとして請求が一部棄却された部分、すなわち「実施の能力」を超えた部分については、1項の適用はないが、重ねて同条3項による損害賠償を請求することはできるかについては、これを肯定している。また、学説同様これを肯定する東京地判平11・6・15(蓄熱材事件)などがあったが、最近の知財高判平18・9・25(エアマッサージ装置事件)や大阪地判平19・4・19日はこれを否定している。
 今後、実務の参考になる部分があるかと思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '12/8/21