審決取消請求事件(レンズ駆動装置)

解説 明細書等の記載に基づく発明の把握・抽出
 分割出願の拒絶査定に対する不服審判のおける拒絶審決取消訴訟において、原出願の一部を新たな特許出願としたものであるとすることはできないから、出願日は遡及せず、実際の出願日であるとされた事例
(平成25年(行ケ)第10070号 審決取消請求事件 平成26年2月26日判決言渡)
 
第1 事案の概要
 原告らは、平成22年6月11日、発明の名称を「レンズ駆動装置」とする特許出願(特願2010−133971号)をした(以下「分割出願」といい、特許請求している発明を「本願発明」という)。これは、特願2005−328433号(出願日:平成17年11月14日。以下「原出願」といい、同出願に係る明細書、等を「原明細書」という)からの分割出願である。分割出願の拒絶査定に対する不服審判(不服2011−12018号)での拒絶審決(本件審決)に原告らが取消を求めて本件訴訟を提起した。

第2 争点
 原出願に成立している特許第4551863号は、平面状態で見て径方向の内側に位置する「内側周壁」と、その外側に位置する「外側周壁」との双方を備えている「ヨーク」を発明特定事項に含んでいる。本願発明は、発明特定事項である「ヨーク」が「外側周壁」しか備えていない構成である。「内側周壁を有しないヨーク」を発明特定事項とする本願発明が原明細書に開示されているか否か当事者に争いがあり、被告は、原明細書に記載されていないとし、「本願は、原出願の一部を新たな特許出願としたものであるとすることはできないから、本願の出願日は遡及せず、実際の出願日である平成22年6月11日と認める」として、原出願の出願日後に発行された特許出願公開公報を引用し、分割出願に拒絶査定・審決を下した。

第3 判決
 原告らの請求を棄却する。
 裁判所の判断
(1)分割要件について
 特許法44条1項は、「特許出願人は、次に掲げる場合に限り、二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる。」と規定し、同条2項本文は、「前項の場合は、新たな特許出願は、もとの特許出願の時にしたものとみなす。」と規定している。分割出願が、同条2項本文の適用を受けるためには、分割出願に係る発明が、原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面(原出願の当初明細書等)に記載されていること、又はこれらの記載から自明であることが必要である。
(2)原明細書における内側周壁のない構造のヨークの開示について
 原明細書には、レンズ駆動装置において、第1実施形態として、外側周壁3aと円環状の内側周壁3bとを有し、外側周壁3aの角位置に円弧状のマグネット13を配置することは記載されているが、内側周壁のない構造のヨークに関する明示的な記載はない。
 内側周壁を有するレンズ駆動装置は、内側周壁の厚さ、外側周壁とコイルとの間隔分が寸法上余計に必要となることが明らかであるから、内側周壁を有しない構成を採用することにより、レンズ駆動装置としての寸法を更に小さくすることができるという技術上の意義を有するものである(この点については、原告らも、従来、当業者は、常に磁気回路上のメリットと、小型化及びコストアップに代表されるデメリットとを比較して、内側周壁や内側壁を設けるか否かを選択し、レンズ駆動装置を設計しているものであると主張している。)。
 そうすると、レンズ駆動装置としての寸法を更に小さくすることができるという技術上の意義を有する、内側周壁を有しないレンズ駆動装置に係る本願発明は、磁路を形成するために内側周壁を必須の構成とする発明に関する原明細書の記載から自明であるということもできない。
 以上によれば、本願は、分割要件を充足するものではない。
(3)原告らは、原明細書から発明を抽出する際に、何を構成要件とするかは出願人が定めるものであり、出願人である原告らは、内側周壁を構成要件として抽出していないが、原明細書に内側周壁が記載されているからといって、分割出願の際に、その内側周壁を発明の構成要件として必ず記載しなければならないものではないなどと主張する。
 確かに、原明細書からいかなる発明を抽出するかは出願人の選択に委ねられるものではあるが、当該選択は、分割出願の要件を充足する限度で許されるにすぎない。
 本願出願は、原出願発明の発明特定事項である「内側周壁」を削除して、内側周壁を有しない発明を含む上位概念に属する発明を分割出願するものであるところ、前記のとおり内側周壁を有しないレンズ駆動装置に係る発明が原明細書の記載から自明であるということができない以上、原告らが原明細書から抽出した発明は分割要件を充足しないものというほかない。
 したがって、原告らの上記主張は採用することができない。
(4)内側周壁のない構造のヨークに係る構成に係る示唆について
 原告らは、レンズ駆動装置は、ヨークの有無に関し、a.ヨークを有しない構成、b.外側周壁のみを有するヨークの構成、c.外側周壁及び内側周壁を有する構成のいずれかに分類されるところ、先行技術1ないし9によれば、原出願の出願時の技術水準において、内側周壁がなく、かつ、開口部が形成されているヨークは周知技術であるということができるから、当業者にとって内側周壁や内側壁の有無を含めてヨークの設計は自由に行うことができ、原明細書を見た当業者は内側周壁や内側壁のないヨークについても理解することができることは明らかであるなどと主張する。
 しかしながら、原明細書には、内側周壁がない構成は記載されておらず、しかも、原明細書段落【0045】には、原出願発明が内側周壁を有することを前提とした上で、内側壁の設置箇所を「マグネット13が対向する開口部4の縁4a」のみに限定することを許容する旨の記載があるから、当業者は、原明細書には、上記a.ないしc.のレンズ駆動装置のうち、c.の外側周壁及び内側周壁を有する構成の発明が開示されているものと理解するものである。
 したがって、原告らの前記主張は採用することができない。

第4 考察
 特許請求の範囲は、自らがした発明のうち、自らの判断により、特許を受けることで保護を求める発明について記載するものである。特許法第36条第5項の前段「各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない」はこの点を明確に規定したものである。
 明細書を作成する者はより広い効力範囲を確保できるように準備するものであるが、発明は「自然法則を利用した技術的思想の創作」であり、明細書・図面の記載からどのように発明を把握・抽出するかは容易ではない。明細書を作成する実務者の参考に資するところがあるかと考えて紹介した。
 なお、特許電子図書館の情報によれば、原出願については米国、韓国向けに優先権証明書が作成されている。米国、韓国においても原明細書と同一記載内容で特許出願が行われ、分割出願に係る本願発明について審査が行われているとすれば、明細書・図面の記載から把握・抽出できる発明に関する各国特許庁の判断を比較する一例になると思われる。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '14/11/06