特許出願願書補正手続等請求事件(発明者名誉権)

解説 拒絶査定が確定している以上、発明者名誉権に基づく補正手続請求を認める余地はないとした特許出願願書補正手続等請求事件
(東京地方裁判所 平成26年(ワ)第3672号 平成26年9月11日判決言渡)
 
第1 事案の概要
 被告会社は、本件発明が職務発明であり、被告会社が原告の使用者から本件発明について特許を受ける権利を譲り受けたとの認識の下に本件発明に係る特許出願(本件出願)をした。特許庁は本件出願について出願公開をした。公開特許公報には本件出願の願書記載の通り本件発明の発明者として原告及び被告Bが記載されていた。特許庁は平成26年1月23日、本件出願について拒絶査定(本件拒絶査定)をし、被告会社は同月28日にその送達を受けた。被告会社が拒絶査定不服審判を請求しなかったため本件拒絶査定は同年4月28日の経過をもって確定した。
 本件は、本件出願の願書に発明者の一人として記載されている原告が、本件発明は原告の単独発明であると主張して、本件出願の出願人である被告会社に対し、主位的に本件出願の願書の補正手続を、予備的に本件発明が原告の単独発明であることの確認を求め、本件出願の願書に他の発明者の一人として記載されている被告Bに対し、本件発明が原告の単独発明であることの確認並びに発明者名誉権侵害の不法行為に基づく慰謝料及びこれに対する不法行為の後である平成26年4月4日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

第2 争点
 争点1 本件出願の願書補正手続の可否
 争点2 被告会社に対する確認請求の確認の利益の有無
 争点3 被告Bに対する確認請求の確認の利益の有無
 争点4 発明者名誉権侵害の成否

第3 判決
 1 原告の被告会社に対する補正手続請求を棄却する。
 2 原告の被告会社に対する訴えのうち確認請求に係る部分を却下する。
 3 原告の被告Bに対する訴えのうち確認請求に係る部分を却下する。
 4 原告の被告Bに対するその余の請求を棄却する。

第4 理由
 争点1について
 原告は、本件出願の願書の補正をすることができることを前提に被告会社に対し願書補正手続を求めている。
 特許出願に関して手続の補正をすることができるのは事件が特許庁に係属している間に限られる(特許法17条1項本文)。本件出願については本件拒絶査定が確定しているのであるから特許庁における手続は既に終了したものと認められる。そうすると、原告が求める本件出願の願書の補正は、特許庁に係属していない事件について補正をしようとするものであって、特許法17条1項本文に反し、不適法と解すべきである。
 原告は、拒絶査定の確定前に発明者が出願人に対する願書補正手続請求をしていた場合には、発明者名誉権を救済するために、拒絶査定の確定後であっても願書の補正が許されると主張するが、特許法等の法令上の根拠を欠く独自の見解であって採用できない。

 争点2について
 原告は、特許証の発明者欄の訂正を求めるために、被告会社との間で本件発明の発明者を確認する必要があるので、確認の利益があると主張する。
 本件拒絶査定が確定しているから、本件出願に係る特許証は交付されておらず、また、交付される見込みもない(特許法28条参照)。
 特許証の訂正のために確認の利益があるとの原告の主張は前提を欠くものであり、被告会社に対する確認請求に係る訴えは不適法である。

 争点3について
 原告は、願書の補正ないし特許証の訂正をするために、被告Bとの間で本件発明の発明者を確認する必要があるので、確認の利益があると主張する。
 本件出願の願書の補正をすることも特許証の訂正をすることもできないから、これらを行うことを前提とする原告の主張は採用できない。
 被告Bに対する確認請求の確認の利益は認められず、同請求に係る訴えは不適法である。

 争点4について>
(1) 原告は、本件発明の完成により発明者名誉権を取得したとして、その侵害を理由に不法行為による損害賠償を求めている。
 不法行為による損害賠償請求が認められるためには侵害されたとする権利ないし利益が法律上保護されたものであることを要するところ(民法709条参照)、発明をした者がその氏名を特許証(特許法28条1項)等に「発明者」として記載されることは、発明者の名誉といった人格的利益に関するものであって、法的に保護されるとみる余地がある。
 しかし、このような発明者名誉権はあくまでも特許制度を前提として認められる人格権であるから、単に発明(特許法2条1項参照)を完成することにより当然に法的に保護されることになるものではなく、発明が新規性、進歩性等の特許要件を充たさず、特許を受けることができないとする旨の拒絶査定が確定した場合には、当該発明の完成により発明者名誉権が発生したとしても、これが法的に保護され、その侵害が不法行為となることはないと解するのが相当である。
 証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件拒絶査定は、本件発明が引用文献から容易に想到できたもので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないことなどを理由とするものであったことが認められる。
 以上によれば、原告が本件発明に係る発明者名誉権の侵害を理由として不法行為による損害賠償を請求することはできないと判断すべきものである。
(2)原告は、発明者名誉権は発明の内容を問わず発明の完成と同時に発生するものであり、拒絶査定が確定したことは発明者名誉権侵害の成否を左右しないと主張するが、上記説示に照らし採用できない。  原告は、また、本件拒絶査定がされたのは本件出願に関与した被告B及び被告会社が本件発明を理解していなかったためであると主張するが、このような事実を裏付ける証拠を何ら提出していない。
(3) その余の点を判断するまでもなく、被告Bに対する慰謝料請求は理由がない。

第5 考察
 特許法は、発明者の氏名を願書(36条1項2号)及び特許証(特許規則66条4号)に記載し、出願公開公報及び特許公報(64条2項3号、66条3項3号)に掲載するものと定めている。
 一方、特許法に明文はないが「発明者は、特許証に発明者として記載される権利を有する」と規定するパリ条約4条の3が「特許に関し条約に別段の定めがあるときは、その規定による」との特許法26条を介して適用される。発明者には、発明の完成と同時に人格権としての発明者名誉権が帰属すると解され、発明者名誉権は人格権であるから譲渡することはできないとされている。
 判決は、本件出願につき拒絶査定が確定している以上、発明者名誉権に基づく補正手続請求を認める余地はないとした。
 出願が特許庁に係属している間は、出願人は発明者の氏名を補正できるため(17条1項)、真の発明者は出願人に対し、発明者名誉権という人格権に基づき、願書の発明者の記載を直す補正手続を行うように請求できる。
 他方、特許成立後は、発明者氏名の誤記は訂正事由とはされていないため(126条1項)、訂正審判請求はできず、氏名の誤記がそのまま残ることとなるが、発明者名誉権は人格権の一種と考えられ、これの侵害は不法行為となり得る。
 今後、実務の参考になる部分があるかと思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '15/10/13