審決取消請求事件(加湿機)

解説  審決取消請求事件の進歩性の判断(動機付け、阻害要因)において、主引用発明に副引用発明を適用する動機付けがなく、また、副引用発明を主引用発明に適用することには阻害要因があるとして、容易に想到することができたということはできないとされた事例
(知的財産高等裁判所 平成28年(行ケ)第10009号 判決言渡 平成28年10月26日)
 
第1 事案の概要
 原告は、発明の名称を「加湿機」とする特許第4666516号(本件特許)の特許権者である。被告は、本件特許の請求項1乃至4に係る発明について特許無効審判を請求した(無効2014−800202号)。特許庁は、「特許第4666516号の請求項1〜3に係る発明についての特許を無効とする。請求項4に係る発明についての審判請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)を下した。原告が、本件審決のうち、請求項1〜3に係る部分の取消しを求める本件訴訟を提起したものである。本判決では審決の容易想到性の判断に誤りがあるとして本件審決が取り消された。
 ここでは、特許請求の範囲の請求項1(本件発明1)の容易想到性の判断に関する部分のみを紹介する。
 本件審決では、本件発明1について、本件発明1は、特開2006−71145号公報に記載された発明(引用発明)及び引用例2(特開2002−147799号公報)に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件発明1に係る特許は無効にすべきものであるとしていた。

第2 判決
1 特許庁が無効2014−800202号事件について平成27年12月9日にした審決のうち、特許第4666516号の請求項1ないし3に係る部分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

第3 理由
審決が認定した本件発明1と引用発明との相違点
 本件発明1では、トレイ水位検知部が「水不足の水位」に達したことを検知し、制御部が「前記送風機を回転させている加湿運転中に前記トレイ水位検知部から検知出力を受けたとき、所定時間が経過するまで前記送風機の回転を継続させる」のに対して、引用発明では、フロートスイッチ14の「第1の基準位置における接点」が「水面高さが第1の基準位置H1より低くなると」オフになり、CPU10が「タンク挿入部41の水面高さが第1の基準位置H1より下がると、水蒸気発生回路18を介してファン20を停止」する点。

相違点についての容易想到性の判断
(a)引用発明における「第1の基準位置H1で検知する水位」とは、液体収容部における液量不足の判断基準となる液面高さ(水位)であり、加湿部が適正に加湿空気を生成するために必要な液面高さの下限位置(水位)であって、液面高さ(水位)がそれより低くなったことが検出されると加湿部の動作が停止されるものである。
(b)引用例2における「一定の水位」は、それを下回る水位でも加湿機能が適正に動作して加湿空気を生成することができ、それを下回る水位が検出された後も加湿機能の動作を行わせることを前提とするものであるということができる。
(c)引用例2に記載された技術事項における、給水部の水位を検知する検知装置が検知する「一定の水位」は、引用発明におけるフロートスイッチ14の「第1の基準位置における接点」とは、水位の性質、すなわち、それを下回る水位でも加湿機能が適正に動作できるか否か及び加湿機能の動作を行わせることを前提としているか否かという点において、明らかに相違する。
(d)引用例2の「一定の水位」は、フロートスイッチ14の「第1の基準位置における接点」とは水位の性質(それを下回る水位でも加湿機能が適正に動作できるか否か及び加湿機能の動作を行わせることを前提としているか否かという点)において明らかに相違し、かつ、引用発明には、上記性質において共通する「第2の基準位置H2における接点」が既に構成として備わっているにもかかわらず、引用発明において、フロートスイッチ14の「第1の基準位置における接点」を引用例2の「一定の水位」を検知する構成に置き換える動機付けがあるということはできない。
(e)さらに、引用発明におけるフロートスイッチ14の「第1の基準位置H1における接点」を、引用例2に記載された技術事項(それを下回る水位が検出された後も加湿機能の動作を行われせることを前提した「一定の水位」を検出対象とするもの)に置き換えると、引用発明におけるフロートスイッチ14の「第1の基準位置H1における接点」は、液面高さが「第1の基準位置」を下回ったことを検出しても加湿機能を引き続き動作させることになるから、引用発明におけるフロートスイッチ14の「第1の基準位置H1における接点」に係る構成により奏するとされる、加湿部の動作を自動的に停止して液体収容槽の液体の残量がないときにファンを無駄に動作させることを防止できるという効果(【0009】)は、損なわれることになる。
(f)そうすると、引用発明におけるフロートスイッチ14の「第1の基準位置H1における接点」を、引用例2に記載された技術事項である、「一定の水位」を検知する構成に置き換えることには、阻害要因があるというべきである。

第4 考察
 特許庁が公表している特許審査基準では、進歩性の判断について、請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に対応する副引用発明があり、かつ、主引用発明に副引用発明を適用する動機付け((1)技術分野の関連性、(2) 課題の共通性、(3)作用、機能の共通性、(4)引用発明の内容中の示唆など)があり、進歩性が肯定される方向に働く事情(有利な効果、阻害要因(例えば、副引用発明が主引用発明に適用されると、主引用発明がその目的に反するものとなるような場合など))がない場合は、請求項に係る発明の進歩性が否定されるとされている。
 本判決では、主引用発明に副引用発明を適用する動機付けがなく、また、副引用発明を主引用発明に適用することには阻害要因があるとして、「本件発明1は、引用発明において、引用例2に記載された技術事項を適用することにより、容易に想到することができたということはできない」とされた。
 実務の参考になる部分があると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '17/05/15