審決取消請求事件(可撓性骨複合材)

解説 審決取消請求事件において、引用例に基づいて相違点に係る本願発明の構成に至ることは動機付けを欠くとし、引用例に基づいて当業者が本願発明に相当することが容易であるということはできないとした事例
(知的財産高等裁判所 平成27年(行ケ)第10042号
判決言渡 平成27年12月10日)
 
第1 事案の概要
 原告は発明の名称を「可撓性骨複合材」とする特許出願(特願2007−527764号)をし、拒絶査定を受けたので不服の審判を請求した。特許庁は不服2012−53号事件として審理し、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)をした。原告が本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
 拒絶審決を受けた請求項1(本願発明)の記載は次のとおり。
【請求項1】
(a)合成吸収性ポリマーを含み、第1の面および第2の面を有する第1のポリマー層であって、前記第1のポリマー層がそれに穿孔を有し、かつ、前記第1のポリマー層が薄膜の形態である、前記第1のポリマー層;および
(b)前記ポリマー層の前記第1の面に化学的、物理的またはその両方で付着し、カルシウム化合物の顆粒を含む第1のカルシウム含有層(該第1のカルシウム含有層は実質的に
 を有する可撓性骨複合材。
 本件審決の理由は、本願発明は、特開2000−126280号公報(引用例)に記載された発明(引用発明)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができない、というものである。
 原告が主張した取消理由2は、本件審決が認定した本願発明と引用発明との間の相違点2(カルシウム含有層が、本願発明では、「実質的にポリマーを含まず、かつ、該顆粒の外表面のほとんどはポリマーで覆われていない」と特定されているのに対し、引用発明では、「粒子の一部が露出した状態で固定されている」と特定されている点)についての判断の誤りである。
 知財高裁は、「引用例に基づいて、相違点2に係る本願発明の構成に至ることが容易であるということはできない。」として「原告主張の取消事由2には、理由がある」とし、審決を取消す本件判決を行った。
 この解説では取消事由2(相違点2の判断の誤り)の判断に関する部分のみ紹介する。

第2 判決
 特許庁が不服2012−53号事件について平成26年10月20日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。

第3 理由(取消事由2(相違点2の判断の誤り)について)
(1)相違点2
 本願発明の上記特定に係る「該顆粒」は、個々の顆粒を指し、「実質的にポリマーを含まず」の趣旨は、カルシウム含有層中のポリマー含有量が、約0.5重量%未満、好ましくは約0.2重量%未満、より好ましくは約0.1重量%未満、多くの場合皆無であることを意味することから、「該顆粒の外表面のほとんどはポリマーで覆われていない」の趣旨は、「個々の顆粒の外表面の全てではないが、少なくとも半分以上はポリマーで覆われていない」ことを意味する。
 他方、引用発明の上記特定に係る「粒子の一部が露出した状態で固定されている」は、個々の粒子の一部が、同粒子の基材シートへの固定が妨げられない程度に露出していることを意味するものと解される。
 そうすると、相違点2は、実質において、本願発明における「個々のカルシウム化合物の顆粒」及び引用発明における「個々のリン酸カルシウム系化合物からなる粒子」、すなわち、個々のカルシウム系化合物粒子が基材シートから露出する程度の相違であり、本願発明は、引用発明よりも、露出の程度が大きいものと解される。

(2)引用発明における粒子の露出
 引用例には、粒子の露出の程度について触れた記載は見当たらない。
 この点に関し、本件審決は、引用例【0005】、・・・及び【0086】の記載から、骨形成を促進する目的のためには、カルシウム化合物粒子の露出の程度が大きい方が好ましいことは、明らかであると判断した。
 しかし、これらの段落には、リン酸カルシウム化合物粒子が基材シートに完全に埋入していたり、露出量が極端に少ない場合は、リン酸カルシウムと骨との結合が図られず、骨の補填が効率良く進行しないおそれがあること(【0005】)、基材シートの片面側にリン酸カルシウム化合物粒子の一部を露出させることにより、リン酸カルシウムと骨との結合が図られ、骨形成性が促進されること(【0030】、【0067】、【0086】)が記載されているにとどまり、露出の程度については、言及されていないし、示唆もない。
 また、本件審決は、引用例【0048】から【0051】には、基材シートと粒子を直接付着する方法等が記載されており、必ずしも「プレス」による付着方法のみが記載されているわけではなく、しかも、「粒子の露出の程度」は、それらの方法に応じて様々なものになることは技術常識であるとして、粒子の露出の程度を適宜変更するべくプレス以外の付着方法を採用することも当業者が容易になし得た旨判断した。
 しかし、引用例においては、従来技術の課題を解決する手段として、@基材シートの少なくとも片面側にリン酸カルシウム系化合物からなる粒子を付着させること及びAその粒子をプレスして基材シートに埋入させることが開示されており、本件審決が指摘する【0048】から【0051】は、前記@の「付着」の方法に関するものである。また、前記Aの「プレス」は、前記課題を解決する手段として不可欠なものというべきである。
 したがって、引用例に接した当業者において、前記Aの「プレス」を実施しないことは、通常、考え難い。
 以上のとおり、引用例の記載において、露出の程度に触れているものはないことに照らすと、引用例には、個々のカルシウム化合物粒子が基材シートから露出する程度につき、大きい方が好ましいことが示されているということはできない。

(3)相違点2の容易想到性
 引用例には、個々のカルシウム化合物粒子が基材シートから露出する程度につき、大きい方が好ましいことが示されているということはできない。また、本願優先日当時においてそのような技術常識が存在していたことを示す証拠もない。
 したがって、本願優先日当時において、引用例に接した当業者が、個々のカルシウム化合物粒子が基材シートから露出する程度をより大きくしようという動機付けがあるということはできない。
 そうすると、引用例に基づいて、相違点2に係る本願発明の構成に至ることが容易であるということはできない。

第4 考察
 本願発明と引用発明との間の相違点に係る構成に至る動機付けが引用発明中に存在するか否かは、発明の進歩性を判断する際の一つの考慮要素になる(特許庁特許審査基準)。
 本判決は、引用例に基づいて相違点に係る本願発明の構成に至ることは動機付けを欠くとし、引用例に基づいて当業者が本願発明に相当することが容易であるということはできないと判断した事例である。
 実務の参考になる部分があると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '16/12/31