審決取消請求事件(減塩醤油類)

解説  審決取消請求事件において、特許請求の範囲の記載要件(サポート要件)の充足性について「充足している」とした特許庁の判断を知財高裁が取消した事例
(知的財産高等裁判所 平成26年(行ケ)第10155号 判決言渡 平成28年10月19日)
 
第1 事案の概要
 被告が所有している特許第4340581号(発明の名称:減塩醤油類)に対して原告が特許無効審判請求を行った。無効理由は進歩性欠如、サポート要件(特許法第36条第6項第1号)違反である。特許庁は、無効2013−800113号として審理し、進歩性を認めるとともに、サポート要件違反はないと判断して審判請求不成立の審決を下した。原告が審決の取消を求めたものである。
 争点はサポート要件の判断の誤り(取消事由1)及び、進歩性判断の誤り(取消事由2)の当否である。
 判決はサポート要件が満たされていないとして審決を取消した。
 ここでは、特許請求の範囲の請求項1記載の発明(本件発明1)についてのサポート要件の判断の部分のみを紹介する。
 本件発明1は「食塩濃度7〜9w/w%、カリウム濃度1〜3.7w/w%、窒素濃度1.9〜2.2w/v%であり、かつ窒素/カリウムの重量比が0.44〜1.62である減塩醤油。」である。

第2 判決
 特許庁が無効2013−800113号事件について平成26年5月19日にした審決を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。

第3 理由
 本件発明1が解決しようとする課題は、食塩濃度が7〜9w/w%と低いにもかかわらず塩味があり、カリウム含量が増加した場合の苦みが低減でき、従来の減塩醤油の風味を改良した減塩醤油を提供することであると認められる。
 本件発明1に関し、本件明細書の実施例・比較例から、課題を解決できることが認識できることが直接示されているのは、食塩濃度が9.0w/w%の場合のみである。
 本件明細書の表1の実施例・比較例を検討しても、食塩濃度7.0w/w%の場合に、塩味が3以上、苦みが3以下、総合評価が○以上という評価が得られ、本件発明1の課題を解決できることを認識することができる記載は認められない。
 (なお、総合評価は、◎:塩味があり、かつ苦味及び異味がない、○:塩味が3以上で、かつ苦みが3以下であり、更に次の何れかに当てはまるもの、・塩味がやや弱く、苦味及び異味が少ない、・塩味がやや弱く、苦味及び異味がない、・塩味があり、苦味及び異味が少ない、△:塩味が3以上、かつ苦味が3以下であるが、異味がある、×:塩味が弱く、かつ/又は苦味・異味があるの。塩味の指標は、1:減塩醤油と同等(食塩9w/w%相当)、2:減塩醤油とレギュラー品(通常品)(食塩14w/w%相当)の中間位、3:レギュラー品(通常品)に比べ若干弱い、4:レギュラー品(通常品)と同等、5:レギュラー品(通常品)よりも強い。苦みの指標は、1:なし、2:ごくわずかに感じる、3:わずかに感じる、4:感じる、5:強く感じる)
 更に食塩濃度を7.0w/w%まで下げた場合において、塩味が3以上、苦みが3以下、総合評価が○以上という評価が得られることを、表2及び表3に基づいて合理的に推認できないことは明らかである。
 以上によれば、本件発明1のうち、少なくとも食塩が7w/w%である減塩醤油について、本件出願日当時の技術常識及び本件明細書の記載から、本件発明1の課題が解決できることを当業者は認識することはできず、サポート要件を満たしているとはいえない。
 審決は、「カリウム濃度」が塩味を付け、「窒素濃度」が塩味を増強し、苦みを低減させるという原理が本件明細書から読み取ることができ、食塩濃度が9w/w%において観察された現象が、食塩濃度7w/w%で観察されないという合理的な理由はないと判断した。
 しかしながら、上記原理だけから、食塩濃度を低下させた場合における具体的な塩味や苦みの程度を推測することはできないし、特定の味覚の強化、弱化が他の味覚に影響を与えずに独立して感得されるという技術的知見を示す証拠も見当たらない。  本件発明の課題が解決されたというためには、本件明細書において設定した、塩味が3以上、苦みが3以下、総合評価が○以上という評価を達成しなければならないが、本件発明のうち食塩濃度が7.0w/w%の場合に、上記の評価を達成でき課題が解決できることを、本件明細書の記載から認識することはできない。
 本件発明のうち、当該発明の課題を解決できることを具体的に示しているのは、食塩濃度が9w/w%の場合のみである。食塩濃度が7w/w%まで低下した場合の塩味や苦みを推認するための技術的な根拠が、本件明細書に記載されておらず、また、どの程度になるかということについての技術常識もない以上、本件特許の明細書の【0009】段落の「7〜9w/w%であることが好ましく」という一般的な記載のみをもって、食塩濃度の全範囲において発明の課題を解決できることについての技術的な裏付けある記載があると認めることはできない。
 以上によれば、取消事由2(進歩性判断の誤り)について判断するまでもなく、審決は違法なものとして取り消されるべきである。

第4 考察
 特許出願の際に提出する書類の一つである「特許請求の範囲」に記載されている「特許を受けようとする発明」は、「特許請求の範囲」とともに特許出願の際に提出する書類である「明細書」(発明の詳細な説明)に記載されているものであることが要求されている(特許法第36条第6項第1号)。特許請求している発明が明細書の記載によってサポートされていることが要求されるもので「サポート要件」と呼ばれている。特許制度は特許出願によって新規な発明をだれよりも先に社会に公開(公表)した者(特許出願人)に対して所定の期間、独占排他権たる特許権を付与するものである。発明の詳細な説明(明細書)に記載していない発明について特許請求の範囲に記載して特許請求することになれば、社会に公開していない発明について特許権の付与を請求することとなるわけで、これを防止する規定であるとされている(特許法逐条解説)。違反している場合には拒絶理由になり、審査で看過されて特許成立した場合には特許権が始めから成立しなかったものとされる特許無効審判請求の理由になる。
 本件は、サポート要件の充足性について「充足している」とした特許庁の判断を知財高裁が取消したものである。
 実務の参考になる部分があると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '17/05/15