審決取消請求事件(トマト含有飲料及びその製造方法、並びに、トマト含有飲料の酸味抑制方法)

解説  無効審決取消請求事件において、飲食品に係る発明で数値範囲を特定して特許請求され、パネラーによる官能評価によって数値範囲内で所望の効果(性能)が得られることを明細書に記載する際のサポート要件について判断された事例
(知的財産高等裁判所 平成28年(行ケ)10147号 平成29年6月8日判決言渡)
 
第1 事案の概要
 本件は、特許(第5189667号「トマト含有飲料及びその製造方法、並びに、トマト含有飲料の酸味抑制方法」)に対する無効審判請求(無効2015−800008号)を不成立とした審決の取消訴訟である。審決のサポート要件(特許法第36条第6項第1号)の判断につき誤りがあるとして、審決が取り消された。

第2 判決

1 特許庁が無効2015−800008号事件について平成28年5月19日にした審決を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。


第3 理由
 特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには、明細書の発明の詳細な説明に、当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならない。本件発明は、特性値を表す三つの技術的な変数により示される範囲をもって特定した物を構成要件とするものであり、いわゆるパラメータ発明に関するものであるところ、このような発明において、特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するためには、発明の詳細な説明は、その変数が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が、特許出願時において、具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか、又は、特許出願時の技術常識を参酌して、当該変数が示す範囲内であれば、所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載することを要するものと解するのが相当である(知財高裁平成17年11月11日判決、平成17年(行ケ)第10042号、判例時報1911号48頁参照)。
 本件明細書の発明の詳細な説明には、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制された、新規なトマト含有飲料及びその製造方法、並びに、トマト含有飲料の酸味抑制方法を提供するための手段として、本件発明1、8及び11に記載された糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量の数値範囲、すなわち、糖度について「9.4〜10.0」、糖酸比について「19.0〜30.0」、及びグルタミン酸等含有量について「0.36〜0.42重量%」とすることを採用したことが記載されている。
 一般に、飲食品の風味には、甘味、酸味以外に、塩味、苦味、うま味、辛味、渋味、こく、香り等、様々な要素が関与し、粘性(粘度)などの物理的な感覚も風味に影響を及ぼすといえるから、飲食品の風味は、飲食品中における上記要素に影響を及ぼす様々な成分及び飲食品の物性によって左右されることが本件出願日当時の技術常識であるといえる。
 また、トマト含有飲料中には、様々な成分が含有されていることも本件出願日当時の技術常識であるといえるから、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された風味の評価試験で測定された成分及び物性以外の成分及び物性も、本件発明のトマト含有飲料の風味に影響を及ぼすと当業者は考えるのが通常ということができる。
 したがって、「甘み」、「酸味」及び「濃厚」という風味の評価試験をするに当たり、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量を変化させて、これら三つの要素の数値範囲と風味との関連を測定するに当たっては、少なくとも、(1) 「甘み」、「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるのが、これら三つの要素のみである場合や、影響を与える要素はあるが、その条件をそろえる必要がない場合には、そのことを技術的に説明した上で上記三要素を変化させて風味評価試験をするか、(2) 「甘み」、「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与える要素は上記三つ以外にも存在し、その条件をそろえる必要がないとはいえない場合には、当該他の要素を一定にした上で上記三要素の含有量を変化させて風味評価試験をするという方法がとられるべきである。
 本件明細書の発明の詳細な説明には、糖度及び糖酸比を規定することにより、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みを有しつつも、トマトの酸味が抑制されたものになるが、この効果が奏される作用機構の詳細は未だ明らかではなく、グルタミン酸等含有量を規定することにより、トマト含有飲料の旨味(コク)を過度に損なうことなくトマトの酸味が抑制されて、トマト本来の甘味がより一層際立つ傾向となることが記載されているものの、「甘み」、「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるのが、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量のみであることは記載されていない。
 また、実施例に対して、比較例及び参考例が、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量以外の成分や物性の条件をそろえたものとして記載されておらず、それらの各種成分や各種物性が、「甘み」、「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるものではないことや、影響を与えるがその条件をそろえる必要がないことが記載されているわけでもない。そうすると、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたとの風味を得るために、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量の範囲を特定すれば足り、他の成分及び物性の特定は要しないことを、当業者が理解できるとはいえず、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された風味評価試験の結果から、直ちに、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量について規定される範囲と、得られる効果というべき、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたという風味との関係の技術的な意味を、当業者が理解できるとはいえない。
 また、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された風味の評価試験の方法は、前記のとおりであるところ、評価の基準となる0点である「感じない又はどちらでもない」については、基準となるトマトジュースを示すことによって揃えるとしても、「甘み」、「酸味」又は「濃厚」という風味を1点上げるにはどの程度その風味が強くなればよいのかをパネラー間で共通にするなどの手順が踏まれたことや、各パネラーの個別の評点が記載されていない。
 したがって、少しの風味変化で加点又は減点の幅を大きくとらえるパネラーや、大きな風味変化でも加点又は減点の幅を小さくとらえるパネラーが存在する可能性が否定できず、各飲料の風味の評点を全パネラーの平均値でのみ示すことで当該風味を客観的に正確に評価したものととらえることも困難である。
 また、「甘み」、「酸味」及び「濃厚」は異なる風味であるから、各風味の変化と加点又は減点の幅を等しくとらえるためには何らかの評価基準が示される必要があるものと考えられるところ、そのような手順が踏まれたことも記載されていない。
 そうすると、「甘み」、「酸味」及び「濃厚」の各風味が本件発明の課題を解決するために奏功する程度を等しくとらえて、各風味についての全パネラーの評点の平均を単純に足し合わせて総合評価する、前記の風味を評価する際の方法が合理的であったと当業者が推認することもできないといえる。
 以上述べたところからすると、この風味の評価試験からでは、実施例1〜3のトマト含有飲料が、実際に、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたという風味が得られたことを当業者が理解できるとはいえない。
 したがって、本件出願日当時の技術常識を考慮しても、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量が本件発明の数値範囲にあることにより、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたという風味が得られることが裏付けられていることを当業者が理解できるとはいえないから、本件明細書の特許請求の範囲の請求項1、8及び11の記載が、明細書のサポート要件に適合するということはできない。

第4 考察
 飲食品に係る発明で数値範囲を特定して特許請求され、パネラーによる官能評価によって数値範囲内で所望の効果(性能)が得られることを明細書に記載することがある。本判決ではこのような発明における明細書のサポート要件(特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものでなければならない。特許法第36条第6項第1号)について判断されている。
 実務の参考になる部分があると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '18/02/15