審決取消請求事件(非磁性材粒子分散型強磁性材
スパッタリングターゲット)

解説  無効審決取消請求事件において、発明の進歩性判断での論理付けにおける「動機付けの有無」、「阻害要因の有無」、「有利な効果」がていねいに検討、判断されて、進歩性についての審決の判断には誤りがあるとして審決が取り消された事例
(知的財産高等裁判所 平成29年(行ケ)第10096号 審決取消請求事件 平成30年5月15日判決言渡)
 
第1 事案の概要
 被告は、発明の名称を「非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット」とする特許第4975647号(本件特許)の特許権者である。
 原告が本件特許に対して新規性欠如、進歩性欠如、サポート要件不適合を無効理由として特許無効審判請求し(無効2014−800157号)、被告が、特許請求の範囲について訂正請求(本件訂正)したところ、特許庁は、被告の本件訂正請求を認めた上「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。原告が、審決には訂正要件適合性、新規性、進歩性等について判断の誤りがあるとして審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。
 判決では、訂正要件適合性、新規性についての審決の判断を取消理由とする原告の主張を退けた後、進歩性についての審決の判断には誤りがあるとして審決を取り消した。ここでは、訂正後の本件特許の請求項1に係る発明(本件訂正発明1)についての進歩性の判断に関する部分のみを紹介する。
 進歩性の判断では、本件特許の優先日前に出願公開された特開平10−88333号公報(甲2)記載の発明(甲1発明)が引用された。
 本件訂正発明1の構成要件の中の一つに「非磁性材料粒子内の任意の点を中心に形成した半径2μmの全ての仮想円よりも小さい」(形状1)と、「非磁性材料粒子内の任意の点を中心に形成した半径2μmの全ての仮想円と、強磁性材と非磁性材の界面との間で、少なくとも2点以上の接点又は交点を有する形状及び寸法の粒子」(形状2)とが択一的に記載されている構成要件がある。
 審決も、本判決も、本件訂正発明1における前述の構成要件の中の「形状1」を選択した発明と、甲1発明との間の相違点は、非磁性材の含有量が、本件訂正発明1では「6mol%以上」であるのに対し、甲1発明は「3重量%」(3.2mol%)である点と認定し、これを前提として、本件訂正発明1の進歩性が検討、判断された。

第2 判決

 1 特許庁が無効2014−800157号事件について平成29年3月29日にした審決を取り消す。
 2 訴訟費用は被告の負担とする。


第3 理由

相違点の容易想到性について
 本件訂正発明1と甲1発明との相違点である、甲1発明におけるSiO2粒子(非磁性材)の含有量を「3重量%」(3.2mol%)から「6mol%以上」とすることについて、当業者が容易に想到できるといえるか否かを検討する。

動機付けの有無について
 本件特許の優先日当時、・・・、非磁性材を6mol%以上含有するスパッタリングターゲットは技術常識であった。
 本件特許の優先日前に公開されていた甲4(特開2004−339586号公報)において、従来技術として甲2が引用され、・・・、優れたスパッタリングターゲットを得るために、材料やその含有割合、混合条件、焼結条件等に関し、日々検討が加えられている状況にあったと認められる。
 そうすると、甲1発明に係るスパッタリングターゲットにおいても、酸化物の含有量を増加させる動機付けがあったというべきである。
 具体的な含有量の点についてみると、被告も、非磁性材の含有量を「6mol%以上」と特定することで何らかの作用効果を狙ったものではないと主張している上、証拠に照らしても、6mol%という境界値に技術的意義があることは何らうかがわれない。
 さらに、本件明細書の段落【0016】及び【0017】に記載されている・・・、甲1発明に基づいて非磁性材である酸化物の含有量が6mol%以上であるターゲットを製造することに技術的困難性が伴うものであったともいえない。
 そうすると、磁気特性やノイズ特性に優れたスパッタリングターゲットの作製を目的として、甲1発明に基づいて、その酸化物の含有量を6mol%以上に増加させる動機付けがあったと認めるのが相当である。

阻害要因の有無について
  審決は、ターゲットの組成を変化させるとターゲット中のセラミック相の分散状態も変化することが推測され、例えば、当該セラミック相を増加させようとすれば、均一に分散させることが相対的に困難になり、ターゲット中のセラミック相粒子の大きさは大きくなる等、分散の均一性は低下する方向に変化すると考えるのが自然であって、実施例1の「3重量%」(3.2mol%)から本件訂正発明1の「6mol%以上」という2倍近い値まで増加させた場合に、ターゲットの断面組織写真が甲1の図1と同様のものになるとはいえず、本件訂正発明1における非磁性材の粒子の分散の形態を変わらず満たすものとなるか不明であると判断した。
 被告も、甲1発明において酸化物含有量を「3重量%」(3.2mol%)から「6mol%以上」に増加させた場合に、組織が維持されると当業者は認識しない、すなわち、組織が維持されるかどうか不明であることは、甲1発明において酸化物含有量を増やすことの阻害要因になると主張する。
 この点について、甲1には、・・・、非磁性材である酸化物の含有量が1.46mol%(実施例4)から3.19mol%(実施例6)まで2倍以上変化しても、ターゲットの断面組織写真が甲1の図1と同様のものになることが示されている。
 さらに、メカニカルアロイングにおける混合条件の調整、例えば、十分な混合時間の確保等によってナノスケールの微細な分散状態が得られることも、本件特許の優先日当時の技術常識であった。
 そうすると、甲1に接した当業者は、甲1発明において酸化物の含有量を増加させた場合、凝集等によって図1に示されている以上に粒子の肥大化等が生じる傾向が強まるとしても、金属材料(強磁性材)及び酸化物(非磁性材)の粒径、性状、含有量などに応じてメカニカルアロイングにおける混合条件等を調整することによって、甲1発明と同程度の微細な分散状態を得られることが理解できるというべきである。
 また、甲1発明に基づいて非磁性材である酸化物の含有量が6mol%以上であるターゲットを製造することが、何かしらの技術的困難性を伴うものであると認めることはできない。
 したがって、甲1発明において酸化物の含有量を「3重量%」(3.2mol%)から「6mol%以上」に増加した場合に、分散状態が変化する可能性があるとか、上記本件組織が維持されるかどうかが不明であることが、直ちに非磁性材の含有量を増やすことの阻害要因になるとはいえない。

有利な効果について
 本件明細書には、本件訂正発明に係るターゲットを使用することにより、・・・という効果を有する旨記載されている。
 しかし、上記効果は、ターゲット中の非磁性材が3mol%(本件明細書記載の実施例2)という甲1発明と同様のものにおいても認められるというのであって、他の証拠に照らしても、非磁性材の含有量を6mol%以上とすることによって格別の効果を奏するものと認めることはできない。
 以上によれば、本件訂正発明1は、甲1発明及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。
 なお、この判示は、本件訂正発明1における選択肢の一つである「形状1」を選択し、当該選択肢を発明特定事項とする発明について検討したものであって、本件訂正発明1に含まれる「形状2」のみが存在する組織や、「形状1」と「形状2」がいずれも存在する組織を有するターゲットについても判断したものではない。


第4 考察
 発明の進歩性判断での論理付けにおける「動機付けの有無」、「阻害要因の有無」、「有利な効果」がていねいに検討、判断されている。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '18/12/17