審決取消請求事件(建築板)

解説  無効審決取消請求事件において、「本件発明と主引用発明との間の相違点を認定するに当たっては、発明の技術的課題の解決の観点から、まとまりのある構成を単位として認定するのが相当である。」との観点が示され、進歩性が判断された事例
(知的財産高等裁判所 平成29年(行ケ)第10087号 審決取消請求事件 判決言渡 平成30年5月14日)
 
第1 事案の概要
 原告は、発明の名称を「建築板」とする特許第5717955号(本件特許)の所有者である。被告は、本件特許に対して特許無効審判を請求した(無効2016−800014号)。原告は、本件特許の特許請求の範囲について請求項3の削除を含む訂正請求をした(本件訂正)。特許庁は、本件訂正を認めるとともに、請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする旨の審決(本件審決)をし、原告が、本件審決中、本件特許の請求項1及び2に係る部分の取消しを求める本件訴訟を提起した。
 原告は、取消事由として、本件発明1及び2の進歩性に係る判断の誤り(相違点の認定及び判断の誤り)を主張した。
 本判決は、引用発明において、本件発明1と引用発明との間の各相違点に係る本件発明1の構成とすることは、当業者が容易に想到できたものであるなどとして、原告の請求を棄却した。
 本判決では、発明の進歩性の判断に関し、本件発明と主引用発明との認定についての考え方が示されている。ここでは、この点に絞って判決を紹介する。

第2 判決

 1 原告の請求を棄却する。
 2 訴訟費用は原告の負担とする。


第3 理由

 発明の進歩性が認められるかどうかは、特許請求の範囲に基づいて本件発明を認定した上で、主引用発明と対比し、一致する点及び相違する点を認定し、相違する点が存する場合には、当業者が、出願時の技術水準に基づいて、当該相違点に対応する本件発明を容易に想到することができたかどうかを判断することとなる。
 このような進歩性の判断に際し、本件発明と対比すべき主引用発明は、当業者が、出願時の技術水準に基づいて本件発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する基礎となるべき具体的な技術的思想でなければならない。
 そして、本件発明と主引用発明との間の相違点に対応する副引用発明があり、主引用発明に副引用発明を適用することにより本件発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する場合には、主引用発明又は副引用発明の内容中の示唆、技術分野の関連性、課題や作用・機能の共通性等を総合的に考慮して、主引用発明に副引用発明を適用して本件発明に至る動機付けがあるかどうかを判断するとともに、適用を阻害する要因の有無、予測できない顕著な効果の有無等を併せ考慮して判断することとなる。
 そうすると、本件発明と主引用発明との間の相違点を認定するに当たっては、発明の技術的課題の解決の観点から、まとまりのある構成を単位として認定するのが相当である。
 かかる観点を考慮することなく、相違点をことさらに細かく分けて認定し、各相違点の容易想到性を個々に判断することは、本来であれば進歩性が肯定されるべき発明に対しても、正当に判断されることなく、進歩性が否定される結果を生じることがあり得るものであり、適切でない。
 本件発明1の課題は、好適な変退色を実現可能な建築板を提供することである。そして、本件明細書において、本件発明1が上記課題を解決できるものであることは、本件発明1に係る実施例と比較例とを対比することで説明されているところ、前記のとおり、実施例とするもの(少なくとも、課題を解決するものとして効果が実証されたもの)とは認められない。また、本件明細書のその他の記載をみても、紫外線硬化型インクについては、「反応性オリゴマーと、反応性モノマーと、光重合開始剤と着色剤としての顔料を含む。」(【0018比較例とで実質的に相違するのは、顔料(具体的には、ブラック顔料を除くシアン、イエロー及びマゼンタの3色の顔料のいずれか一つ)であり、紫外線硬化型インクを用いることは、実施例及び比較例の全てにおいて変わりがない。
 したがって、実施例と比較例との対比からは、顔料の選択が本件発明1の課題解決に寄与することは認められるものの、紫外線硬化型インクを用いることが上記課題の解決に寄与】)として、紫外線硬化型インクとしての周知の構成(甲8、10、11)が記載されているだけであり、本件発明1の課題解決手段として紫外線硬化型インクを用いることの技術的意義は記載されていない。
 よって、本件発明1において、顔料の組合せと、紫外線硬化型インクを用いることとは、技術的意義が同一であるとはいえない。また、一般に、インクを構成する顔料は、インクの種類(紫外線硬化型インク、水性インク等)に合わせて選択しなければならないわけではないから(甲6、8、9、11、48)、顔料の組合せと紫外線硬化型インクを用いることとが、発明の技術的課題の解決の観点から、まとまりのある構成であるということはできない。
 以上のとおり、顔料の選択とインクの選択とは、別の相違点として検討されてしかるべきものである。
 好適な変退色を実現するという本件発明の課題を解決する上では、各色の顔料の退色を同程度にすることが必要であるから、個々の顔料の選択(顔料の組合せ)は、本件発明の課題解決手段として重要な技術的意義があるといえる。
 したがって、本件発明1において、発明の技術的課題の解決の観点からは、顔料の組合せをひとまとまりの相違点として判断するのが相当である。


第4 考察
 発明の進歩性の存在を主張する際に、本件発明と主引用発明との間の相違点をことさらに細かく分けて認定し、各相違点の容易想到性を個々に判断、主張することがある。本判決では、「本件発明と主引用発明との間の相違点を認定するに当たっては、発明の技術的課題の解決の観点から、まとまりのある構成を単位として認定するのが相当である。」との観点が示されている。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '18/11/22