特許権侵害差止等請求控訴事件(二酸化炭素含有粘性組成物)

解説  特許権侵害訴訟において、知財高裁の大合議判決で損害額の算定方法の判断基準が具体的に示された事例。
(知的財産高等裁判所 平成30年(ネ)第10063号 特許権侵害差止等請求控訴事件 令和元年6月7日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 本件は、名称を「二酸化炭素含有粘性組成物」とする発明に係る2件の特許権(特許第4659980号、同第4912492号)を有する被控訴人が、控訴人らに対し、控訴人らが製造販売する炭酸パック化粧料(被告各製品)は、前記特許権に係る発明の技術的範囲に属するなどと主張して、特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めた事案である。
 原判決(大阪地方裁判所 平成27年(ワ)第4292号 平成30年6月28日判決言渡)は、被控訴人の控訴人らに対する損害賠償請求の一部を認容したため、控訴人らがこれを不服として控訴した。
 本件の争点は、技術的範囲の属否、特許の無効理由の存否、被控訴人の損害額である。
 本判決は、被告各製品は特許発明の技術的範囲に属し、特許の無効理由が存するとは認められないとした上で、被控訴人の損害額について控訴人らの控訴を棄却した。
 ここでは、本判決に示された損害額算定方法の判断基準部分を紹介する。


第2 判決

 1 本件控訴をいずれも棄却する。
 2 控訴費用は控訴人らの負担とする。以下、省略


第3 理由

(1)特許法102条2項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額について
 特許法102条2項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額とは、原則として、侵害者が得た利益全額であると解するのが相当であって、このような利益全額について同項による推定が及ぶと解すべきである。
 侵害行為により侵害者が受けた利益の額は、侵害者の侵害品の売上高から、侵害者において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であり、その主張立証責任は特許権者側にあるものと解すべきである。
 例えば、侵害品についての原材料費、仕入費用、運送費等は、侵害品の製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費に当たる。これに対し、例えば、管理部門の人件費や交通・通信費等は、通常、侵害品の製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費に当たらない。

(2)特許法102条2項の推定覆滅事由について
 特許法102条2項における推定の覆滅については、同条1項ただし書の事情と同様に、侵害者が主張立証責任を負うものであり、侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たると解される。例えば、 @特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性)、A市場における競合品の存在、B侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、C侵害品の性能(機能、デザイン等特許発明以外の特徴)などの事情について、特許法102条1項ただし書の事情と同様、同条2項についても、これらの事情を推定覆滅の事情として考慮することができるものと解される。また、特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合においても、推定覆滅の事情として考慮することができるが、特許発明が侵害品の部分のみに実施されていることから直ちに上記推定の覆滅が認められるのではなく、特許発明が実施されている部分の侵害品中における位置付け、当該特許発明の顧客誘引力等の事情を総合的に考慮してこれを決するのが相当である。
 競合品といえるためには、市場において侵害品と競合関係に立つ製品であることを要するものと解される。また、侵害品が特許権者の製品に比べて優れた効能を有する、あるいは、侵害品が他の特許発明の実施品であるといった事情があるとしても、そのことから直ちに推定の覆滅が認められるのではなく、優れた効能があることや他の特許発明を実施したことが侵害品の売上げに貢献しているといった事情がなければならないというべきである。

(3)特許法102条3項所定の受けるべき金銭の額について
 特許法102条3項は、特許権侵害の際に特許権者が請求し得る最低限度の損害額を法定した規定である。
 同項による損害は、原則として、侵害品の売上高を基準とし、そこに、実施に対し受けるべき料率を乗じて算定すべきである。
 特許法102条3項所定の「その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額」については、平成10年法律第51号による改正前は「その特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額」と定められていたところ、「通常受けるべき金銭の額」では侵害のし得になってしまうとして、同改正により「通常」の部分が削除された経緯がある。
 特許発明の実施許諾契約においては、技術的範囲への属否や当該特許が無効にされるべきものか否かが明らかではない段階で、被許諾者が最低保証額を支払い、当該特許が無効にされた場合であっても支払済みの実施料の返還を求めることができないなどさまざまな契約上の制約を受けるのが通常である状況の下で事前に実施料率が決定されるのに対し、技術的範囲に属し当該特許が無効にされるべきものとはいえないとして特許権侵害に当たるとされた場合には、侵害者が上記のような契約上の制約を負わない。そして、上記のような特許法改正の経緯に照らせば、同項に基づく損害の算定に当たっては、必ずしも当該特許権についての実施許諾契約における実施料率に基づかなければならない必然性はなく、特許権侵害をした者に対して事後的に定められる、実施に対し受けるべき料率は、むしろ、通常の実施料率に比べて自ずと高額になるであろうことを考慮すべきである。
 したがって、実施に対し受けるべき料率は、@当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や、それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ、A当該特許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性、他のものによる代替可能性、B当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様、C特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して、合理的な料率を定めるべきである。


第4 考察
 特許権侵害訴訟における損害賠償請求は民法第709条の規定に基づいて行われ、損害額の立証責任は原告(特許権者)にある。しかし、その立証は容易でないことに鑑み、特許法第102条第1項〜第3項に特許権侵害があった場合の損害額の算定方式が定められている。
 一項は、侵害品の譲渡数量に権利者の製品の単位数量当たりの利益額を乗じた額を、実施能力に応じた額の限度において、損害額と推定する規定である。ただし、侵害品の譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を権利者が販売することができない事情が存在するときは、その事情に応じた額を控除するものとされている。
 二項は、侵害者が侵害の行為により受けた利益の額をその請求をする者が立証すれば、その利益の額が損害の額と推定される規定である。
 三項は、その特許発明の実施料相当額を損害の賠償として請求することができるとする規定である。
 今回、知財高裁の大合議判決で損害額の算定方法の判断基準が具体的に示された。
 本年3月1日に閣議決定された「特許法等の一部を改正する法律案」が5月10日に可決・成立し、同月17日に法律第3号として公布された。侵害者が得た利益のうち、特許権者の生産能力等を超えるとして賠償が否定されていた部分について、侵害者にライセンスしたとみなして、損害賠償を請求できることとする損害賠償額算定方法の見直しや、ライセンス料相当額による損害賠償額の算定に当たり、特許権侵害があったことを前提として交渉した場合に決まるであろう額を考慮できる旨を明記する等の改正が行われることになっている。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '20/05/10