特許権侵害差止等請求控訴事件(美容器)

解説  特許権侵害差止等請求控訴事件において、特許法102条1項の特許権侵害損害額を算定するに当たり寄与率の考慮がされた事例。
(知的財産高等裁判所 平成31年(ネ)第10003号 特許権侵害差止等請求控訴事件 
令和2年2月28日判決言渡 大合議判決)
 
第1 事案の概要

(1)本件は、発明の名称を「美容器」とする本件特許権1(特許第5356625号)及び本件特許権2(特許第5847904号)を有する一審原告が、一審被告に対し、一審被告が被告製品(「ゲルマ ミラーボール美容ローラー シャイン」という名称の美容器等9種類の美容器)の販売等をすることは、上記各特許権を侵害すると主張して、その差止め、廃棄及び特許法102条1項の損害金5億円(一部請求)の支払を求めた事案である。

(2)原審(大阪地方裁判所平成28年(ワ)第5345号)は、被告製品の販売等は、本件特許権2を侵害するとして、被告製品の販売等の差止め、廃棄を認め、特許法102条1項の損害額の算定に当たって、特許発明の寄与度を考慮せずに「原告製品の単位数量当たりの利益額」を認定した上で、これに対して寄与率を10%とした減額を行って損害額(1億735万651円)を算定した。

(3)本判決は、被告製品の販売等は、本件特許権2を侵害するとして、被告製品の販売等の差止め、廃棄を認め、特許法102条1項の損害額の算定に当たって、「本件発明2が原告製品の販売による利益に貢献している程度を考慮して、原告製品の限界利益の全額から6割を控除し」て「原告製品の単位数量当たりの利益額」を認定した上で、これに対する特許発明の寄与度を考慮した更なる減額は行うことなく損害額を算定し、損害額についての原審の判断を変更した(3億9006万円+弁護士費用(5000万円)=4億4006万円)。

 この解説では、損害額の判断に関する部分についてのみ、原審及び本判決を紹介する。


第2 原判決

寄与率について
 本件発明2は、美容器に関するものではあっても、美容効果を生じさせるローラの性質や構造等に関するものではなく、ローラを回転可能に支持するところの軸受に関するものである。
 被告は、軸受部分が製造原価に占める割合は1.12%程度であり、これをもって本件発明2の寄与率とし、その限度で損害を算定すべきであると主張する。
 この点、特許の技術が製品の一部に用いられている場合、あるいは多数の特許技術が一個の製品に用いられている場合であっても、製品が発明の技術的範囲に属するものと認められる限り、一個の特許に基づいて、製品全体の販売等を差し止める事はできるが、製品全体の販売による利益を算定の根拠とした場合、本来認められるべき範囲を超える金額が算定されかねないことから、当該特許が製品の販売に寄与する度合い(寄与率)を適切に考慮して、損害賠償の範囲を適切に画する必要がある。
 本件発明2は、美容器のローラの軸受に関するものであるところ、寄与率は、上記のとおり、特許が製品の販売に寄与するところを考慮するものであるから、製品全体に占める軸受部分の原価の割合や、軸受部分の価格それ自体によって機械的に画されるものではなく、軸受がローラを円滑に回転し得るよう保持していることは、製品全体の中で一定の意義を有しているというべきであるが、軸受は、美容器の一部分であり、需要者の目に入るものではないし、被告が本件訴訟提起後に設計変更しているとおり、ローラが円滑に回転し得るよう支持する軸受の代替技術は存したと解されるから、本件発明2の技術の利用が被告製品の販売に寄与した度合いは高くなく、上記事情を総合すると、その寄与率は10%と認めるのが相当である。

損害額の算定
 上記アないしオで検討したところによれば、特許法102条1項による原告の損害額は、被告製品の譲渡数量35万1724個のうち、5割については販売することができないとする事情があるから控除し、これに原告製品の単位数量当たりの利益額●(省略)●円及び本件特許2の寄与率10%を乗じることで、●(省略)●円となる。


第3 本判決

原告製品の「単位数量当たりの利益の額」の算定
 前記第2の2で認定した本件発明2の特許請求の範囲の記載及び前記1で認定した本件明細書2の記載からすると、本件発明2は、回転体、支持軸、軸受け部材、ハンドル等の部材から構成される美容器の発明であるが、軸受け部材と回転体の内周面の形状に特徴のある発明であると認められる(以下、この部分を「本件特徴部分」という。)。
 原告製品は、前記アのとおり、支持軸に回転可能に支持された一対のローリング部を肌に押し付けて回転させることにより、肌を摘み上げ、肌に対して美容的作用を付与しようとする美容器であるから、本件特徴部分は、原告製品の一部分であるにすぎない。
 ところで、本件のように、特許発明を実施した特許権者の製品において、特許発明の特徴部分がその一部分にすぎない場合であっても、特許権者の製品の販売によって得られる限界利益の全額が特許権者の逸失利益となることが事実上推定されるというべきである。
 そして、原告製品にとっては、ローリング部の良好な回転を実現することも重要であり、そのために必要な部材である本件特徴部分すなわち軸受け部材と回転体の内周面の形状も、原告製品の販売による利益に相応に貢献しているものといえる。
 しかし、上記のとおり、原告製品は、一対のローリング部を皮膚に押し付けて回転させることにより、皮膚を摘み上げて美容的作用を付与するという美容器であるから、原告製品のうち大きな顧客誘引力を有する部分は、ローリング部の構成であるものと認められ、また、前記アのとおり、原告製品は、ソーラーパネルを備え、微弱電流を発生させており、これにより、顧客誘引力を高めているものと認められる。これらの事情からすると、本件特徴部分が原告製品の販売による利益の全てに貢献しているとはいえないから、原告製品の販売によって得られる限界利益の全額を原告の逸失利益と認めるのは相当でなく、したがって、原告製品においては、上記の事実上の推定が一部覆滅されるというべきである。
 そして、上記で判示した本件特徴部分の原告製品における位置付け、原告製品が本件特徴部分以外に備えている特徴やその顧客誘引力など本件に現れた事情を総合考慮すると、同覆滅がされる程度は、全体の約6割であると認めるのが相当である。
 以上より、原告製品の「単位数量当たりの利益の額」の算定に当たっては、原告製品全体の限界利益の額である5546円から、その約6割を控除するのが相当であり、原告製品の単位数量当たりの利益の額は、2218円(5546円×0.4≒2218円)となる。

本件発明2の寄与度を考慮した損害額の減額の可否について
 前記(3)及び(5)のとおり、原告製品の単位数量当たりの利益の額の算定に当たっては、本件発明2が原告製品の販売による利益に貢献している程度を考慮して、原告製品の限界利益の全額から6割を控除し、また、被告製品の販売数量に上記の原告製品の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た一審原告の受けた損害額から、特許法102条1項ただし書により5割を控除するのが相当である。
 仮に一審被告の主張が、これらの控除とは別に本件発明2が被告製品の販売に寄与した割合を考慮して損害額を減額すべきであるとの趣旨であるとしても、これを認める規定はなく、また、これを認める根拠はないから、そのような寄与度の考慮による減額を認めることはできない。

損害額の算定
 以上からすると、特許法102条1項による一審原告の損害額は、被告製品の譲渡数量35万1724個のうち、約5割については販売することができないとする事情があるからその分を控除し、控除後の販売数量を原告製品の単位数量当たりの利益額2218円に乗じることで、3億9006万円(2218円×35万1724個×0.5≒3億9006万円)となる。


第4 考察

 特許権侵害があったときの損害賠償請求は民法第709条の規定に基づき損害額の立証責任を原告(特許権者)が負担するが損害立証の困難性にかんがみて特許法第102条に損害額算定に関する特則が定められている。侵害行為がなければ特許権者が販売することができた逸失利益を損害額と推定する(同条第1項)、侵害者の利益の額を損害額と推定する(同条第2項)、相当実施料額を損害額として請求できる個条第3項)である。
 特許法102条2項による損害額の算定においては従来から寄与率という考え方が採用されることがあった。一方、特許法102条1項を用いて「侵害者の譲渡した物の数量」×「特許権者がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額」を損害額と推定するときに寄与率をどのように位置づけるかについては従来から種々の判決、学説が存在していた。
 今回、原判決では寄与率を考慮せずに「原告製品の単位数量当たりの利益額」を認定し、これに対して寄与率を考慮した減額を行って損害額が算定された。一方、本判決では、特許発明が原告製品の販売による利益に貢献している程度を考慮して原告製品の限界利益の全額から覆滅、控除を行って「原告製品の単位数量当たりの利益額」を算定した後、これに対する寄与率を考慮した更なる減額は「これを認める根拠はない」として損害額を算定した。
 知的財産高等裁判所の大合議判決であるので今後の特許権侵害訴訟において特許法102条1項による損害額算定が行われる際に影響を与えるものと思われる。
 本判決の概要は、1面で紹介しているが大合議判決であることから詳細解説を行った。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '20/07/15