審決取消請求事件(簡易蝶ネクタイ又は簡易ネクタイ)

解説  審決取消請求事件において、課題、作用・機能の共通性を考慮して進歩性判断が判断され、容易に発明をすることができたものであるとはいえないとして進歩性が肯定された事例。
(知的財産高等裁判所 令和元年(行ケ)第10097号 審決取消請求事件 
令和2年3月19日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 原告は、特願2014‐135596号からの分割出願である特願2017‐47926号(簡易蝶ネクタイ又は簡易ネクタイ)について拒絶査定を受け、拒絶査定不服審判を請求した(不服2017‐16280号)。拒絶査定不服審判において拒絶理由通知を受け、特許請求の範囲を補正したところ、特許庁は、補正後の請求項1に係る発明(本件補正発明)は進歩性欠如で独立特許要件を備えていないとして補正却下し「本件審判の請求は、成り立たない」との審決(本件審決)を下した。原告が本件審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。
 本件審決の理由の要旨は、本件補正発明は、原出願の前に頒布された刊行物である甲1(実願平2‐127641号(実開平4‐81919号)のマイクロフィルム)に記載された発明及び甲2〜甲4(実願昭59‐173953号(実開昭61‐88518号)のマイクロフィルム)に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである、というものである。


第2 判決

1 特許庁が不服2017‐16280号事件について令和元年6月4日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。


第3 理由

(1)本件審決が認定した本件補正発明と甲1に記載された発明(引用発明1)との一致点及び、認定した3つの相違点の中の相違点2は次の通りである。

(一致点)
 「結び目を有する簡易蝶ネクタイであって前記結び目の裏側にはシャツの第一ボタンがはまり込む切欠き状の部分が形成された部材が、前記結び目とつながって、前記結び目の表側に貫通しないように形成され、前記結び目近辺にシワを有し、前記結び目の裏側の切欠き状の部分が形成された部材とウイングとの間には前記結び目を介して横方向に空洞部分を有し、閉めてある状態の第一ボタンの上からはめ込むことで装着する簡易蝶ネクタイ。」である点。

(相違点2)
 ボタンがはまり込む切欠き状の部分について、本件補正発明は、全ての側縁が閉じた縦状の穴であるボタン穴であるのに対し、引用発明1は、下縁から凹状切欠いたボタン係合部19である点。

(2)判決の理由
相違点2の容易想到性について
 本件審決は、引用発明1及び甲4発明の装身具は、いずれも、装身具を簡単にシャツの第一ボタンに装着できるようにするという共通の課題を有し、また、これを着用するに当たり、切欠き状の部分にボタンがはまり込むことで装着するという共通の機能を有するから、引用発明1のボタン係合部19における切欠き状の部分の具体的な形状として、甲4発明の係止導孔を有する円形の釦挿通孔の態様を採用し、相違点2に係る本件補正発明の構成とすることは、当業者であれば容易になし得たことである旨判断した。
 しかしながら、引用発明1は、簡易型のネクタイ本体を取付ける着用具を改良することによって、着用状態における位置ずれや傾きを生じ難く、低コストで生産でき、そして着用操作も容易である簡易着用具付きネクタイを提供することを課題とするものである。
 一方、甲4に記載された考案は、襟飾り、生花等の種々の装飾小物、殊に襟前に止着する装身具について、着脱が簡単であり、かつ、衣服の損傷がほとんどない装身具取付台を提供することを課題とするものであるが、かかる装身具として、蝶ネクタイやネクタイを例示するものではなく、蝶ネクタイやネクタイを着用する際に固有の問題があることを指摘するものでもない。
 したがって、引用発明1と甲4発明は、その具体的な課題において、大きく異なるものといえる。
 また、発明の作用・機能をみても、引用発明1は、基板部、ネクタイ取付部及び一対の突出片から成る簡易着用具を備え、ネクタイ取付部の裏側に位置する基板部に、その下縁を凹状に切り欠いたボタン係合部を設け、その切欠きにシャツの第一ボタンを係合させるとともに、一対の突片を襟下へ挿入することで、簡易蝶ネクタイの良好な着用状態及び簡単な着用操作を実現するものである。
 そして、甲1には、引用発明1に関し、@「ボタン係合部19」の奥部は、ボタン取付け糸の部分を丁度跨ぐことができる程度の小円弧状をなすものとし、その幅は、ボタンとの係合状態において横方向にほとんど移動しない程度のものとすること、A着用時にボタンとの係合を容易にするとともに、着用時に基板部2の片側がボタン穴に入り込むことを防ぐために、「ボタン係合部19」の下方を、ラッパ状に下方へ拡大して基板部2の下縁に達するものとすることの記載がある。これは、結び目の陰に隠れて見えない状態のボタン係合部を、上方から探りながらも容易に装着できるようにするための工夫といえるから、簡易着用具1の基板部2における、ボタン係合部19の配置位置及びその形状を引用発明1の構成とすることは、引用発明1の課題を解決するために、重要な技術的意義を有するものであることを理解できる。
 他方、甲4発明は、取付台主板に対して上方に係止導孔を連続形成した釦挿通孔を穿設すると共に、他の一部に背面方向に突出するピンを突設し、ピン先端にピン挟持機構を有するピン挿入キャップを冠着することで、釦の確実な止着と、各種装身用小物の衣類への簡単な着脱を実現するものであって、第1ボタンへの係合方法、衣類への確実な止着及び簡単な着脱の実現手段において、引用発明1と大きく異なるものであるから、発明の具体的な作用・機能も、引用発明1とは大きく異なるものといえる。
 加えて、甲4の記載事項によれば、甲4発明の装身具取付台は、衣類に装着する際に、第1ボタンの前部からアプローチして、釦挿通孔(2)に挿入した後、装身具取付台を鉛直方向の下部に移動させ、係止導孔(3)を第1ボタンの取付糸に係合するものであるから、当業者であれば、第1ボタンを釦挿通孔(2)に挿入する際に、これらを視認できる状態でないと、ボタンの着脱動作が困難となることを理解できる。
 そうすると、仮に、引用発明1のボタン係合部19における切欠き状の部分の具体的な形状として、甲4発明の「細幅の係止導孔?を有する円形の釦挿通孔?」の態様を採用した場合には、ボタン係合部19の前側に位置し、その前側にネクタイが取り付けられるネクタイ取付部3が存在するため、簡易蝶ネクタイを着用する際に、簡易蝶ネクタイ及びネクタイ取付部に隠されて、第1ボタン及びボタン穴を視認することができないことになる。そのため、ボタン係合部を切欠き状にする場合よりも、着用具へのボタンの係合が困難となることは明らかであるといえる。
 以上によれば、引用発明1と甲4発明とは、発明の課題や作用・機能が大きく異なるものであるから、甲1に接した当業者が、甲4の存在を認識していたとしても、甲4に記載された装身具取付台の構成から、「細幅の係止導孔?を有する円形の釦挿通孔?」の形状のみを取り出し、これを引用発明1のボタン係合部19における切欠き状の部分の具体的な形状として採用することは、当業者が容易に想到できたものであるとは認め難く、むしろ阻害要因があるといえる。
 したがって、本件補正発明は、引用発明1に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、これに反する本件審決の判断には誤りがある。


第4 考察

 特許庁の審決では主引用発明、副引用発明から容易に発明されるとして進歩性が否定されていた。本判決では、主引用発明と副引用発明との間の課題、作用・機能の共通性などを検討して、容易に発明をすることができたものであるとはいえないとして進歩性が肯定され、特許庁審決が取り消された。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '20/07/17