審決取消請求事件(電動ベッド)

解説  審決取消請求事件における進歩性の判断(相違点についての容易想到性の論理付け)において、特許庁が「容易に想到することができない」とした相違点について、知財高裁は、引用文献の記載に基づいて「容易に想到することができた」と判断した事例。
(知的財産高等裁判所 令和2年(行ケ)第10057号 審決取消請求事件 
令和3年7月8日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 本件は、特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。被告は、発明の名称を「電動ベッド」とする特許第4141233号(本件特許)の特許権者である。原告が本件特許の請求項1及び2に係る発明について特許無効審判(無効2018-800132号)を請求した。特許庁は、「特許第4141233号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)を下し、原告が、本件審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。
 原告が主張した取消事由1〜取消事由5の中の取消事由2は「本件訂正後の請求項1に係る発明(本件訂正発明1)の進歩性に関する判断の誤り」である。
 知財高裁は、「取消事由2は理由があるから、本件審決のうち、本件訂正発明1に係る部分を取り消すこととし、取消事由1、3ないし5は理由がないから、本件発明2に係る原告の請求を棄却する」とした。
 ここでは、本件訂正発明1の進歩性を認めた本件審決の部分を取り消した判決部分についてのみ紹介する。


第2 判決

1 特許庁が無効2018-800132号事件について令和2年3月30日にした審決のうち、特許第4141233号の請求項1に係る部分を取り消す。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを2分し、その1を被告の、その余を原告の各負担とする。


第3 理由

本件審決の理由の要旨
 本件訴訟の取消事由2の判断に関連する部分についての本件審決は、「本件訂正発明1は、米国特許出願公開第2001/0047547号明細書(甲1)に記載の発明(甲1発明)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない」というものである。

本件審決が認定した本件訂正発明1と甲1発明との間の相違点2
 「前記操作ボックスから前記フレームの下降信号が入力されたときに、前記操作ボックスの下降スイッチの押し状態が継続している間、前記フレームを下降させる」「制御装置」について、
 本件訂正発明1は、
 「前記フレームが中間停止位置LMより上方から下位置LLまで連続して移動される際に、」「ホール素子を利用して前記アクチュエータのピストンロッドの位置を算出した結果を受けて、前記フレームの高さが前記中間停止位置LMまで下降したか判定し」、フレームの上位置LHと下位置LLとの間の前記中間停止位置LMで、「前記フレームと床との間に、介護者又は患者の足が存在しても、挟み込みが生じないように」、前記下降スイッチが押し状態であっても前記フレームを一旦停止させ、「ブザーを鳴らして警報し」、その後、前記操作ボックスにおける下降スイッチの押し状態が解除された後、再度フレームの下降スイッチが押下された場合に更 に前記フレームを前記下位置LLまで下降させるものであるのに対し、
 甲1発明の「下方中間位置」は「ベッド10に出入りするための便利な高さであり」、「コントローラ122」は、そのような構成を備えるといえない点。

当裁判所の判断
 本件審決が認定する相違点2は、
 @本件訂正発明1において、「フレームが中間停止位置LMより上方から下位置LLまで連続して移動される際に、一旦停止させ、その後、下降スイッチが押下された場合に下位置LLまで下降させる」こと(相違点2@)、
 A「ホール素子を利用してアクチュエータのピストンロッドの位置を算出した結果を受けて」フレームの高さが中間停止位置LMまで下降したか判定すること(相違点2A)、
 B「フレームと床との間に介護者又は患者の足が存在しても、挟み込みが生じないように」、下降スイッチが押し状態であってもフレームをいったん停止させ、「ブザーを鳴らして警報」すること(相違点2B)
 の3つの技術的事項から成り、それぞれが独立に置換可能な技術事項であるから、各々個別に検討できるものと認められる。

相違点2Bについて
 本件審決は、相違点2@は容易に想到できるとしており(当裁判所としてもその結論を是認できる。)、原告は、相違点2Bの容易想到性を否定した本件審決の判断を争っている。

相違点2Bの容易想到性
 甲1発明における下方中間位置は患者支持面が床から約14インチ(約356mm)の高さであり、同最下位置は患者支持面が床から約8インチ(約203mm)の高さであるところ、下方中間位置から最下位置に153mm下降できるということは、少なくともフレームの下端が床から153mm以上離れていなければならないから、下方中間位置でのメインフレーム12の床からの高さは153mmよりは高いことになる。
 ここで、甲2技術事項(「電動介護用ベッドの認定基準及び基準確認方法」(甲第2号証)に記載の技術事項)に係る別紙3の記載によると、足が届く範囲の可動部と床面との間に120mm以上の寸法があれば、足を挟み込む危険がないものと理解される。 そうすると、甲1発明における下方中間位置でのメインフレーム12の床からの高さは、本件訂正発明1の「介護者又は患者の足が存在しても、挟み込み等が生じないような高さ」(本件訂正明細書【0021】)であるといえ、また、甲1発明の最下位置は「床に近接して配置される」ものであり(甲1[0011]、FIG−4)、足が挟み込まれる高さであることは明らかであるから、最下位置に向けて下降する下方中間位置は「これ以上フレーム1が下降すると、足を挟み込んでしまうような高さ」(本件訂正明細書【0021】)である。
 そして、甲1には、「磁石112のホール効果センサ118に隣接した配置までの移動は、下方中間位置でのベッド10の位置付けに相当し、磁石112のホール効果センサ116に隣接した配置までの移動は、上方中間位置でのベッド10の位置付けに相当する。」([0036])との記載があり、そして、甲1発明の管部110は、軸受部材108に摺動接触して支持された状態でねじ式リニアアクチュータ98のねじ120に対して直線移動で駆動できるよう構成されており、磁石112は、水平移動に当たり必ずホール効果センサ118及び116に 隣接した位置を通るから、甲1発明のベッドは、必ずフレームが下降する際に上方中間位置及び下方中間位置で自動的に下降を停止するベッドである。
 ここで、昇降機能を有するベッドにおいて、フレームと床との間に、人体の侵入を防止し、人体が挟み込まれないよう下降を停止させることは当業者にとって極めて馴染みの深い周知技術であると認められる(特開2002-125808号公報」(甲4)【請求項1】、・・・参照)。
 そして、昇降機能を有するベッドにおいて、フレームと床との間に人体が挟み込まれないよう警告音で周囲に異常を知らせることも当業 者にとって極めて馴染みの深い周知技術であると認められる(甲4の【0014】・・・参照)。
 そうすると、上記のように、介護者又は患者の足が存在しても、足の挟み込みが生じないような下方中間位置においてフレームの下降は停止するが、それ以上フレームが下降すれば介護者又は患者の足が 挟み込まれてしまうことになる甲1発明に接した場合、
 昇降機能を有するベッドにおいて、人体の侵入を防止し、人体が挟み込まれないようにベッドの下降を停止するとの周知技術に従い、
 その下降を停止する高さを「前記フレームと床との間に、介護者又は患者の足が存在しても、挟み込みが生じないよう」な意図で設定し、
 この際、警告音で フレームと床との間に人体が挟み込まれないよう知らせるとの周知技術に従い、警告音を発するようにすることは、当業者には格別困難なことではないといえる。
 以上によれば、相違点2@に加えて、相違点2Bについても容易に想到できるというべきであるから、本件審決の相違点2の容易想到性判断には、誤りがある。
 以上のとおりであるから、本件審決が本件訂正発明1が進歩性を欠如しないとした判断には誤りがあるから、取消事由2は理由がある。


第4 考察

 特許庁が「容易に想到することができない」とした相違点について、知財高裁は、引用文献の記載に基づいて「容易に想到することができた」と判断したものである。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


〔戻る〕
鈴木正次特許事務所

最終更新日 '22/3/1