審決取消請求事件(美容器)

解説  審決取消請求事件の進歩性の判断(主引用文献に記載されている発明内容の把握)において、特許庁が容易想到性を否定したものを、逆に、「当業者が容易に想到することができたものである」として、知財高裁で特許庁審決が取り消された事例。
(知的財産高等裁判所 令和2年(行ケ)第10115号 審決取消請求事件
令和3年6月24日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 原告は、発明の名称を「美容器」とする特許第5356625号(本件特許)(請求項の数:1)の特許権者である。
 被告が本件特許に対して特許無効審判(無効2019-800028号)を請求したところ、特許庁が、「特許第5356625号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」旨の審決(本件審決)をし、原告がその取り消しを求めた。
 本件審決の要旨は、本件発明は、仏国特許出願公開2891137号明細書(甲1)に記載された発明(甲1発明)、仏国特許第2641256号明細書(甲2)に記載された事項及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであるというものである。
 本件審決が認定した本件発明と甲1発明との一致点及び相違点1、3は次のとおり。
【一致点】
 ハンドルに一対のボールを、相互間隔をおいてそれぞれ一軸線を中心に回転可能に支持した美容器において、一対のボール支持軸の開き角度を70〜80度とし、ボールの外周面を肌に押し当ててハンドルの先端から基端方向に移動させることにより肌が摘み上げられるようにした美容器。
【相違点】
 1 一対のボールを回転可能に支持しているのは、本件発明では、ハンドルの先端部であるのに対して、甲1発明では、先端部であるか不明である点。
 3 本件発明では、往復動作中にボールの軸線が肌面に対して一定角度を維持できるように、ボールの軸線をハンドルの中心軸に対して前傾させて構成しているのに対して、甲1発明では、そのような構成を有するか明らかでない点。
 原告が主張した取消事由は、「相違点1、3ないし5の容易想到性の判断の誤り」である。
 相違点1、3に関して、本件審決では、ユーザーが握る中央ハンドルは「球、あるいは他のあらゆる任意の形状とすることが可能である。」との記載が甲1に存在することから、長尺状の形状のハンドルが含まれることは甲1に記載されたに等しい事項であるとして、相違点に係る構成が容易想到であり、また、実質的な相違点とならないと判断していた。


第2 判決

1 特許庁が無効2019-800028号事件について令和2年8月17日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。


第3 理由

 取消事由1及び3(相違点1及び3の容易想到性に関する判断の誤り)について
 甲1には、請求項1に「任意の形状の中央ハンドル」との記載があり、発明の詳細な説明中に、ユーザが握る中央ハンドルは「球、あるいは他のあらゆる任意の形状とすることが可能である。」と記載があることから、長尺状のハンドルを排除するものではないと理解することはできる。
 しかし、「球、あるいは他のあらゆる任意の形状とすることが可能である。」との記載ぶりからすれば、まずは「球」が念頭に置かれていると理解するのが自然であり、しかも甲1の添付図(FIG.1、FIG.2)は、いずれも器具の正面図であり、実施例を表すとされているが、そこに描かれたハンドルの形状や全体のバランスに照らして、球状のハンドルが開示されているとしか理解できないものである。
 また、甲1には、甲1発明のマッサージ器具は、ユーザがハンドルを握り、これを傾けて、ハンドルに2つの軸で固定された2つの回転可能な球を皮膚に当てて回転させると、球が進行方向に対して非垂直な軸で回転することにより、球の対称な滑りが生じ、球の間に拘束されて挟まれた皮膚を集めて皮膚に沿って動き、引っ張る代わりに押圧すると、球の滑りと皮膚に沿った動きによって皮膚が引き伸ばされることが開示されているところ、こうした2つの球がハンドルに2つの軸に固定され、2つの軸が70〜100度をなす角度で調整された甲1発明において、球が進行方向に対して非垂直な軸で回転し、球の間に拘束されて挟まれた皮膚を集めて皮膚に沿った動きをさせるためには、ハンドルを進行方向に向かって倒す方向に傾けることが前提となる。
 ハンドルが球状のものであれば、後述するハンドルの周囲に軸で4個の球を固定した場合を含めて、把持したハンドルの角度を適宜調整して進行方向に向かって倒す方向に傾けることが可能である。しかし、ハンドルを長尺状のものとし、その先端部に2つの球を支持する構成とすると、球状のハンドルと比較して傾けられる角度に制約があるために進行方向に傾けて引っ張る際にハンドルの把持部と肌が干渉して操作性に支障が生じかねず、こうした操作性を解消するために長尺状の形状を改良する(例えば、本件発明のように、ボールの軸線をハンドルの中心軸に対して前傾させて構成させる(相違点3の構成)必要が更に生じることになる。
 そうすると、甲1の中央ハンドルを球に限らず「任意の形状」とすることが可能であるとの開示があるといっても、甲1発明の中央ハンドルをあえて長尺状のものとする動機付けがあるとはいえない。
 また、甲1においては、「マッサージする面に適合させるために、より大きな直径を持つ1つまたは2つの追加球をハンドルが受容可能である」形態も開示されており、FIG.2には、小さい直径の球を2つ、大きな直径球を2つそれぞれハンドルに軸によって固定された図が開示されている。
 このような実施例において、ハンドルを球状から長尺状とすると、前記のとおり、甲1発明のマッサージ器具は、ユーザがハンドルを握り、これを傾けて、ハンドルに2つの軸で固定された2つの回転可能な球を皮膚に当てて回転させると、球が進行方向に対して非垂直な軸で回転することにより、球の対称な滑りが生じ、球の間に拘束されて挟まれた皮膚を集めて皮膚に沿って動き、引っ張る代わりに押圧すると、球の滑りと皮膚に沿った動きによって皮膚が引き伸ばされるとの作用効果を生じるところ、例えば、大きい球を皮膚に当てることを想定し、長尺状のハンドルを中心軸に前傾させて構成させると、小さい球を皮膚に当てるときには、ハンドルを進行方向に対して傾けて小さい球の球を引っ張ることができなくなる。したがって、こうした点からすると、甲1のハンドルを長尺状のものとすることには、むしろ阻害要因があるといえる。
 そうすると、甲1発明のハンドルが長尺状のハンドルを排除するものではないとして、当業者が長尺状のハンドルを容易に想起し得るものとはいえないし、ましてや、長尺状のハンドルが甲1に記載されたに等しい事項であると認めることはできないから、甲1発明のハンドルには長尺状のものが含まれ、長尺状のハンドルが甲1に記載されたに等しい事項であることを前提として、相違点1については、ハンドルを長尺状のものとした場合には、一対の回転可能な球を先端部に配置することは甲1発明、又は甲1発明及び周知技術に基づいて当業者であれば容易に想到し得たものであり、また、相違点3については実質的な相違点にならないとした本件審決の判断は誤りというほかない。


第4 考察

 ユーザーが握る中央ハンドルは「球、あるいは他のあらゆる任意の形状とすることが可能である。」との記載が甲1に存在することから、長尺状の形状のハンドルが含まれることは甲1に記載されたに等しい事項であるとして特許庁が下した容易想到=進歩性欠如の判断について、甲1の記載内容に基づいて、「甲1発明の中央ハンドルをあえて長尺状のものとする動機付けがあるとはいえない」、「甲1のハンドルを長尺状のものとすることには、むしろ阻害要因があるといえる」として特許庁審決を取り消す判決となった。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '22/3/1