審決取消請求事件(電気絶縁ケーブル)

解説 解説 審決取消請求事件の進歩性の判断(阻害要因)において、、引用発明に周知技術を適用する動機付けが存在することを認めながら、引用発明に周知技術を適用することには阻害要因がある、として、特許庁が行った進歩性欠如という判断を取り消した事例
(知的財産高等裁判所 令和3年(行ケ)第10082号 審決取消請求事件 令和4年5月31日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 原告は、特願2019−166439号(発明の名称:電気絶縁ケーブル)(本件出願)の特許出願人である。本件出願は平成25年(2013年)5月1日(本件原出願日)に出願された特許出願(特願2013−96607号)を原出願とする4回目の分割出願(特許法第44条第1項)である。原告は本件出願に拒絶査定を受けたため拒絶査定不服審判(不服2020−6043号)を請求したところ、特許庁が「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)を下し、原告が本件審決の取消しを求めた。
 本件審決の要旨は、請求項1に記載された発明(本願発明)は、甲1の公開特許公報(特開昭62−122012号)(甲1公報)に記載された発明(引用発明)及び甲2(実開平5−83940号)、甲3(特開2010−27423号)、甲4(特開2002−352629号)、甲5(特開2002−216549号)、甲6(特開2012−238438号)の各公報に記載された周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、進歩性を欠くというものである。
 本判決は、引用発明の認定、一致点及び相違点の認定並びに相違点1、2及び5に係る進歩性の有無に関する本件審決の判断に誤りはないが、相違点3、4及び6に係る進歩性の有無に関する本件審決の判断には誤りがあるとして、本件審決を取り消した。
 本願発明は以下のとおりである。
 「導体と前記導体を覆うように形成された絶縁層とを含むシールドされていないコア材が複数本撚り合されて形成されたコア電線であって、
 電動パーキングブレーキ用の2本の第1のコア材と、アンチロックブレーキシステム用の2本の第2のコア材と、によって形成されたコア電線と、
 前記コア電線のみを巻くテープ部材と、
 前記テープ部材上に形成された被覆層と、を備え、
 2本の前記第1のコア材の各々の導体の断面積は、1.5〜3.0mm2の範囲に含まれ、
 2本の前記第2のコア材の各々の導体の断面積は、0.18〜0.40mm2の範囲に含まれ、
 2本の前記第2のコア材は互いに撚り合されてサブユニットが形成され、前記サブユニットと撚られていない2本の前記第1のコア材とが撚り合されて前記コア電線が形成され、
 2本の前記第1のコア材と前記サブユニットとがそれぞれ接しているとともに、2本の前記第1のコア材及び前記サブユニットは前記テープ部材と接している、
 電気絶縁ケーブル。」
 本件審決が認定した本願発明と引用発明との間の一致点及び相違点については原告と被告との間に争いがなく、相違点3は次の通りのものである。

 相違点3
 「本願発明は『前記コア電線のみを巻くテープ部材』を有するのに対し、引用発明ではそのような特定がなされていない点。」
 ここでは相違点3についての本判決の判断部分のみを紹介する。


第2 判決

1 特許庁が不服2020−6043号事件について令和3年5月26日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。


第3 理由

相違点3に係る容易想到性
 甲2〜5の記載によれば、本件原出願日の時点における工業用の電気絶縁ケーブルの技術分野においては、撚り合わせたコア電線を押さえたり、耐熱性を持たせたりすることなどを目的として、コア電線にテープ部材を巻くことは周知技術であり、その結果としてコア電線とシースとの間にテープ部材が配置されることも周知技術であったと認められる。
 そして、引用発明は、工業用の電気絶縁ケーブルに関する発明であり、上記周知技術と技術分野を共通にすることからすれば、甲1公報に接した当業者は、複数の線心をシースで覆う構造である引用発明に対して上記の周知技術を適用し、撚り合わせた複数の線心をテープ部材で巻き、その結果、コア電線とシースとの間にテープ部材が配置される構成とすることを動機付けられるものといえる。
 しかしながら、本願発明は、被覆層を除去してコア電線を露出させる作業の作業性に関し、コア材の外周面に粉体が塗布された従来のケーブルには、コア材を取り出す作業の際に粉体が周囲に飛散し、作業性が低下してしまうという課題があったことから、コア電線と被覆層との間に、コア電線に巻かれた状態で配置されたテープ部材を備える構成とすることにより、テープ部材を除去することによって容易にコア電線と被覆層とを分離することができるようにして、上記課題を解決しようとする点に技術的意義を有するものである。
 他方で、引用発明は、線心の取り出しを容易に行うことができるようにすることを課題の一つとする発明であり、この点で本願発明と課題を共通にするものといえるが、電源用線心及び信号用線心の外周をシースで覆うのみの形で被覆する構成とすることによって上記課題を解決しようとするものであり、本願発明とは課題を解決する手段を異にするものといえる。
 このように、引用発明においては、本願発明と共通する課題が本願発明とは異なる別の手段によって既に解決されているのであるから、当該課題解決手段に加えて、両線心をテープ部材で巻き、その結果、両線心とシースとの間にテープ部材が配置される構成とする必要はないというべきである。
 そして、引用発明に上記のような構成を加えると、線心を取り出そうとする際に、シースを除去する作業のみでは足りず、更にテープ部材を除去する作業が必要となることから、かえって作業性が損なわれ、引用発明が奏する効果を損なう結果となってしまうものといえる。
 加えて、甲1公報をみても、引用発明の効果を犠牲にしてまで両線心をテープ部材で巻くことに何らかの技術的意義があることを示唆するような記載は存しない。
 以上によれば、引用発明に上記周知技術を適用することには阻害要因があるというべきであるから、相違点3に係る「前記コア電線のみを巻 くテープ部材」という構成の意義について検討するまでもなく、本件原出願日当時の当業者が、引用発明及び上記周知技術に基づいて、相違点3に係る本願発明の構成を容易に想到し得たものとはいえない。
 以上検討したところによれば、本件原出願日当時の当業者は、相違点3に係る本願発明の構成を容易に想到し得たものとは認められない。
 したがって、本願発明について、引用発明に対する進歩性を欠くとした本件審決の判断は誤りであるから、原告が主張する取消事由は、理由がある


第4 考察

 特許審査基準によれば、審査官は、進歩性について次のように検討、判断することになっている。請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に関し、進歩性が否定される方向に働く要素(主引用発明に副引用発明を適用する動機付け)に係る諸事情に基づき、他の引用発明を適用したり、技術常識を考慮したりして、論理付けできるか否かを判断する。ここで論理付けできないと判断した場合は、進歩性を有していると判断する。一方、ここで、論理付けできると判断した場合は、進歩性が肯定される方向に働く要素(有利な効果や、阻害要因)に係る諸事情も含めて総合的に評価した上で論理付けができるか否かを判断する。これによって、論理付けできないと判断した場合は、進歩性を有していると判断し、論理付けできたと判断した場合は、請求項に係る発明が進歩性を有していないと判断する。
 本判決は、引用発明に周知技術を適用する動機付けが存在することを認めながら、引用発明に周知技術を適用することには阻害要因がある、として、特許庁が行った進歩性欠如という判断を取り消した。
 実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '23/06/26