審決取消請求事件(半田付け装置、半田付け方法、プリント基板の製造方法、および製品の製造方法)

解説 解説 審決取消請求事件の進歩性の判断(相違点についての判断)において、特許庁が論理付けできる=進歩性を有していない、と判断したものを知財高裁が取り消した事例。
(知的財産高等裁判所 令和3年(行ケ)第10136号 審決取消請求事件 令和4年8月31日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 発明の名称を「半田付け装置、半田付け方法、プリント基板の製造方法、および製品の製造方法」とする特許第6138324号(本件特許)に対する特許無効審判事件(無効2019-800094号)の審決(請求項1、2、5〜7を無効とし、請求項4については請求不成立)に対する審決取消訴訟(特許権者である原告が特許を無効とした部分の取消しを求める第1事件(令和3年(行ケ)第10136号 )、審判請求人である被告が請求不成立とした部分の取消しを求める第2事件(令和3年(行ケ)第10138号)である。争点は、請求項1、2及び4ないし7に係る発明の進歩性の有無。
 ここでは、甲1(特開2009-195938号公報)記載の発明(甲1発明)と本件特許の請求項1に係る発明(本件発明1)との間の後述する相違点2に関して、「甲1発明によって本件発明1の相違点2に係る構成を得ることは当業者が容易になし得たことである。」とした本件審決が取消しになった判決部分のみを紹介する。
 本件審決で認定されている相違点2は次のとおりである。
 本件発明1は「前記加熱手段は、前記端子の先端に当接した前記半田片に前記ノズルを介して熱伝達させる位置に設けられ、溶融前の前記半田片が前記端子の先端に当接した状態で当該熱伝達を受けて溶融し、溶融した前記半田片が丸まって略球状になろうとするが前記ノズルの内壁と前記端子の先端に規制されるため必ず真球になれないまま前記端子の上に載った状態で前記半田片が供給された方向へ移動せずに停止し、この停止した状態で前記ノズルから前記溶融した半田片に伝わる熱を当該溶融した半田片から前記端子に伝えて前記端子を加熱し、この加熱によって前記端子が加熱された後に前記溶融した半田片が流れ出す構成である」のに対して、甲1発明はその旨特定されていない点。


第2 判決

1 特許庁が無効2019−800094号事件について令和3年10月8日にした審決中、特許第6138324号の請求項1、2及び5ないし7に係る発明についての特許を無効とした部分を取り消す。
2 被告の請求を棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。


第3 理由

 事案に鑑み、取消事由2(相違点2についての判断の誤り)から検討する。
 本件審決は、甲1発明においてフラックス含有量が1.0wt%の半田片を用いた場合、半田片が溶融し球となった場合の半田の直径は半田ごての先端部の貫通孔内壁の径より大きくなるから、溶融した半田は真球になれない旨判断したところ、原告も、甲1の実施例1に関しては、この判断を強く争うものではない。そこで、本件出願日当時の当業者が甲1発明においてフラックス含有量が1.0wt%の半田片を用いることが容易になし得たことであるか否かにつき検討する。
 甲1には、「本発明の第一の課題は、フラックスの飛散を防止するとともに、詰まりの生じにくい半田鏝を提供することにある。」などの記載(段落【0004】等)があり、甲1発明は、フラックスを含有する半田を用いることを前提としているものと認められるが、フラックスの含有量がどの程度の半田を用いるのかについては、甲1に記載又は示唆はない。
 その他の関係証拠の記載に関しては、千住金属工業発行の商品カタログには、フラックスの含有量を2ないし4wt%とする半田のみが掲載され、フラックスの含有量を2wt%未満とする半田は掲載されていないこと(なお、この商品カタログは、本件出願日の後である平成31年又は令和元年に発行されたものであるが、本件出願日が平成28年7月30日であることに加え、甲41及び45の上記各記載にも照らすと、千住金属工業は、本件出願日当時も、その商品カタログにフラックスの含有量を1wt%とする半田を掲載していなかったものと推認するのが相当である。)、ウェブサイトへの投稿記事においても、フラックスの含有量は2ないし4%とされていること、株式会社ニホンゲンマは、過去においてもフラックス含有量を1wt%とする半田を製造したことはなく、そのような半田を製造すると、フラックスが入っていない不具合が発生することが危惧される旨回答していること、本件出願日の後に作成された電子メールにおいてではあるが、千住金属工業の従業員も、フラックスの含有量を1%とする半田は提供できない旨回答していることに照らすと、フラックスの含有量を1wt%とする半田は、本件出願日当時、やに入り半田の市場において普通に流通していなかったものと認めるのが相当である。
 本件発明1は、溶融前の半田片をノズルの内壁及び端子の先端に必ず当接させるとともに、溶融した半田片を必ず真球にならないまま端子の上に載った状態で下方に移動しないように停止させ、ノズルからの熱伝導等により半田片及び端子を十分に加熱し、これにより適正温度での半田付けを実現する結果、半田付け不良の防止という効果を奏するものである。
 これに対し、甲1には、ランドに接地した糸半田が貫通孔の周壁から輻射熱、伝導熱及び対流熱により加熱され、遜色なく溶解され、より的確な半田付けが可能になった旨の記載はみられるものの(段落【0023】及び【0042】)、溶融した半田が必ず真球にならないまま停止すること、すなわち、溶融後も半田がノズルの内壁に当接し続けることにより半田片及び端子が十分に加熱されることについての記載及び示唆はないから、甲1に接した当業者にとって、溶融した半田が必ず真球にならないとの構成が解決しようとする課題及び当該構成が奏する作用効果を知らないまま、当該構成を得るためにフラックスの含有量が1wt%の半田をわざわざ採用しようとする動機付けはないものといわざるを得ない。
 以上によると、使用する半田に含有されるフラックスの量についての記載及び示唆がない甲1に接した当業者にとって、甲1発明においてフラックスの含有量が1wt%の半田をわざわざ採用し、溶融した半田が必ず真球にならないとの構成を得ることが容易になし得たものであったと認めることはできず、その他、当業者が甲1発明に基づいて溶融した半田が必ず真球にならないとの構成を得ることが容易になし得たものであったと認めるに足りる証拠はない。
 以上のとおりであるから、本件出願日当時の当業者において、相違点2に係る本件発明1の構成に容易に想到し得たものと認めることはできない。取消事由2は理由がある。


第4 考察

 特許審査基準によれば、審査官は、請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に関し、当業者が請求項に係る発明に容易に到達する論理付けができるか否かを検討し、論理付けできないと判断したときに、請求項に係る発明が進歩性を有していると判断する。特許庁審決が論理付けできる=進歩性を有していない、と判断したものを知財高裁が取り消したものである。
 相違点についての判断で実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '23/06/26