審決取消請求事件(1回当たり100〜200単位のPTHが週1回投与されることを特徴とする、PTH含有骨粗鬆症治療/予防剤)

解説 解説 審決取消請求事件の進歩性の判断(相違点の判断)において、特許庁が論理付けできない=進歩性を有していると判断したものを知財高裁が取り消した事例。
(知的財産高等裁判所 令和3年(行ケ)第10069号 審決取消請求事件 令和4年6月22日判決言渡)
 
第1 事案の概要

 被告は特許第6522715号(発明の名称:1回当たり100〜200単位のPTHが週1回投与されることを特徴とする、PTH含有骨粗鬆症治療/予防剤)の特許権者である。
 原告が本件特許に対して特許無効審判請求(無効2019−800075号)したところ、特許庁は、被告が行った訂正請求を認めた上で、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)を下し、原告が本件審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。
 本件審決は、本件発明1と主引用文献(ヒト副甲状腺ホルモン(1-34)の骨粗鬆症に対する間欠毎週投与の効果:3種類の投与量を用いた無作為化二重盲検前向き試験」(Osteoporosis International、vol.9、no.4、p.296−306、1999)(甲7文献))記載の発明(甲7発明)との間の相違点Bの存在により本件発明1の進歩性を認めていた。これに対して、本判決では、相違点Bに係る本件発明1の構成は当業者が容易に想到し得たものであるとして本件審決を取り消した。ここでは、相違点Bに係る判断部分のみを紹介する。
 本件審決が認定した本件発明1と甲7発明との間の一致点、相違点Bは以下のとおりである。
<本件発明1と甲7発明との一致点>
 1回当たり200単位のPTH(1-34)が週1回投与され、PTH(1-34)を有効成分として含有する、骨粗鬆症治療剤ないし予防剤であって、骨粗鬆症患者を対象とし、皮下注射投与であることを特徴とする、
骨粗鬆症治療剤ないし予防剤。

<本件発明1と甲7発明との間の相違点(相違点B)>
本件発明1は、骨粗鬆症治療剤ないし予防剤が
「下記(1)〜(3)の全ての条件を満たす骨粗鬆症患者を対象」
「(1)年齢が65歳以上である
 (2)既存の骨折がある
 (3)骨密度が若年成人平均値の80%未満である、および/または、骨萎縮度が萎縮度I度以上である」とする「骨折抑制のための」ものであることが特定されているのに対し、
 甲7発明では、骨粗鬆症治療剤が
「厚生省による委員会が提唱した診断基準で骨粗鬆症と定義された、年齢範囲が45歳から95歳の被験者のうち、複数の因子をスコア化することによって評価して骨粗鬆症を定義し、スコアの合計が4より高い場合の患者に対し投与された際に腰椎骨密度(BMD)の増加が確認されている」ことが記載されているものの、(1)〜(3)の全ての条件を満たす対象者における骨折抑制のためのものであることは特定されていない点。
(以下、「(1)年齢が65歳以上である」を「本件条件(1)」と、「(2)既存の骨折がある」を「本件条件(2)」と、「(3)骨密度が若年成人平均値の80%未満である、および/または、骨萎縮度が萎縮度I度以上である」を「本件条件(3)」と、本件条件(1)ないし本件条件(3) を併せて「本件3条件」と、本件3条件の全てを満たす骨粗鬆症患者を「3条件充足患者」又は「高リスク患者」若しくは「高リスク者」と、本件3条件の全部又はいずれか一部を満たさない骨粗鬆症患者を「非3条件充足患者」又は「低リスク患者」若しくは「低リスク者」という。)


第2 判決

1 特許庁が無効2019-800075号事件について令和3年4月16日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。


第3 理由

相違点Bの構成の容易想到性について
 甲号証の各記載によると本件基準日当時の骨粗鬆症に関する技術常識は、次のとおりである。
 @骨粗鬆症は、骨強度の低下を特徴とし、骨折の危険性が増大した骨疾患であり、その治療の目的は、骨折を予防し、QOL(quality of life)の維持改善を図ることである、A骨粗鬆症は、加齢とともに発生が増加する、B骨粗鬆症による骨折の複数の危険因子の中で、わが国では、低骨密度、既存骨折、年齢に関するエビデンスがある、C骨粗鬆症の診断基準に関して、1990年当時、厚生省シルバーサイエンスプロジェクト「老人性骨粗鬆症の予防および治療に関する総合的研究班」により提唱された診断基準(甲8診断基準)があったが、1996年に診断基準が改訂され(甲5診断基準)、その後、2000年に更に改訂された(甲9診断基準)、D骨強度は骨密度と骨質の2つの要因からなり、骨密度が骨強度のほぼ70%を、骨質が残りの30%を説明することが知られていたといえる。

本件3条件について
 甲7発明と本件発明1とは、「1回当たり200単位のPTH(1-34)又はその塩が週1回投与されることを特徴とする」との用量の点において一致するが、その投与の対象となる骨粗鬆症患者の範囲を一応異にする。
 甲7発明で投与対象とされた患者は、甲8診断基準で骨粗鬆症と診断された患者であるところ、より新しい基準を参酌しながらその患者を選別することは、当業者がごく普通に行うことであるから、甲7発明に接した当業者が、甲7発明のPTH200単位週1回投与の骨粗鬆症治療剤を投与する対象患者を選択するのであれば、甲8診断基準とともに、より新しい、甲5診断基準又は甲9診断基準を参酌するといえる。
 甲5診断基準で骨粗鬆症と診断される者は、@骨萎縮度I度以上又は骨密度値がYAMの80%以下の低骨量で非外傷性椎体骨折を有する者か、AX線上椎体骨折を認めない が、骨萎縮度II度以上、又は、骨密度値がYAMの70%未満である者であり、甲9診断基準で骨粗鬆症と診断される者は、B骨萎縮度II度以上又は骨密度がYAMの80%未満の低骨量が原因で、軽微な外力による非外傷性骨折等(脆弱性骨折)を有する者か、C脆弱性骨折がないものの、骨萎縮度II度以上、又は、骨密度値がYAMの70%未満の者である。
 本件条件(2)及び本件条件(3)は、上記@と同じであるから(「既存の骨折」は「非外傷性椎体骨折」を含む。)、当業者が甲7発明の200単位週1回投与の骨粗鬆症治療剤を投与する骨粗鬆症患者を本件条件(2)及び本件条件(3)で選別するのには何ら困難を要しない。
 また、骨粗鬆症は、加齢とともに発生が増加するとの技術常識があり、高齢者は加齢を重ねた者であるのは明らかであるところ、高齢者として65歳以上の者を選択するのは常識的なことであり、アメリカ骨粗鬆症財団、WHOグループ、カナダガイドライン等で取り上げられている骨折の危険因子の項目のうち、共通して取り上げられている要因として、65歳以上という年齢が あり、高齢者の医療の確保に関する法律32条でも65歳以上が高齢者とされている。したがって、これらを参酌し、骨粗鬆症による骨折の複数の危険因子として、低骨密度及び既存骨折に並んで年齢が掲げられていることに着目して投与する骨粗鬆症患者を65歳以上として、本件条件(2)及び本件条件(3)に加えて本件条件(1)のように設定することはごく自然な選択であって、何ら困難を要しない。
 そうすると、甲7発明に接した当業者が、投与対象患者を本件3条件を全て満たす患者と特定することは、当業者に格別の困難を要することではない。

「骨折の抑制のための」ものとすることについて
 骨粗鬆症は、骨強度の低下を特徴とし、骨折の危険性が増大した骨疾患であり、骨粗鬆症の治療の目的は骨折を予防することであり、「骨強度」は骨密度と骨質の2つの要因からなり、骨密度は骨強度のほぼ70%を説明するとの技術常識があったのであるから、当業者は、骨密度の増加は骨折の予防に寄与すると理解するというべきである。
 そうすると、甲7文献には、「ここに挙げた薬剤を投与することによって骨密度(BMD)が増加するため、骨折予防は飛躍的に進歩した」(296頁右欄10行ないし297頁左欄25行目)と骨密度の増加が骨折予防に寄与することが記載され、その上で、48週で骨密度を8.1%増大させたことが開示されているのであるから(300頁左欄11行ないし右欄6行目)、甲7発明の骨粗鬆症治療剤を骨折抑制のためのものとすることは、当業者が容易に想到できたものである。

相違点Bについて
 前記のとおり、甲7発明の骨粗鬆症治療剤を投与対象患者を本件3条件を全て満たす骨粗鬆症患者とすること、及び甲7発明の骨粗鬆症治療剤を骨折抑制のためのものとすることはいずれも容易であるところ、骨折の危険因子を多く持つ骨粗鬆症患者に骨折抑制のために骨粗鬆症治療剤を投与しようとすることは当然のことであるから、上記各改変は同時に行うことができ、結局、相違点Bに係る本件発明1の構成は容易に想到できるというべきである。


第4 考察

 特許審査基準によれば、審査官は、主引用発明から出発して、当業者が請求項に係る発明に容易に到達する論理付けができるか否かを検討し、論理付けできないと判断したときに、請求項に係る発明が進歩性を有していると判断する。特許庁審決が論理付けできない=進歩性を有していると判断したものを知財高裁が取り消したものである。
 相違点についての判断で実務の参考になるところがあると思われるので紹介した。

以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '23/06/26