発明者の確定について
(平成14年(ネ)第5077号、特許権譲渡対価請求事件、東京高裁、平成15年8月26日 言渡)
 
第1 事案の概要及び第1審の判決
 原告は、被告の有する本件発明(特許番号・第2576927号「細粒核」)について、被告の従業員として在籍当時共同して発明した職務発明であると主張し、被告に対し、その特許を受ける権利の譲渡の対価を求めたが、原判決は原告をもって共同発明者とは認められないとして、請求を棄却した。
 平成元年12月頃、米国ファイザー社から被告会社に対し、ジクロルメタンを使用しない各種製品の製造方法を開発するように要請があったことから、当時、被告会社の製剤研究室長であった原告は、部下であるBと共に、製造コストが低く、かつ、ジクロルメタンの排除を可能にする細粒剤の製造方法の開発に取り組み始めた。
 平成2年始めころ、原告は、寺下論文を見つけこれを本件発明の発明者の一人であるBに交付した。
 寺下論文は、コーティング可能な真球度の高い細粒核を高収率で得ることを課題とし、そのような細粒核の製造に関して、造粒過程や造粒終点、操作条件や結合剤の添加方法との関係を実験結果に基づいて分析し報告するものであった。
 同論文においては、白糖、コーンスターチ、結晶セルロ−ス等数種の賦形剤を混合し、アジテーターの回転速度を300〜500rpmにするなどの条件設定をした上、高速攪拌造粒機を用いて造粒したところ、上記混合した賦形剤からなる真球度の高い細粒核が得られたとの結果が記載されていた。
 Bは前記寺下論文の内容を参考にして、高速造粒機を用いて、実験の条件設定をし、実験を実施し、結晶セルロ−スの処方量を多くすれば、コーティングに適した粒径の小さい核が得られることを発見した。原告は、上記実験で得られた細粒核の特許出願を勧めるとともに、被告会社特許部と折衝を重ねた。特許部担当者であったCは、自ら特許出願のための実験プロトコルを作成し、原告及びBに実験を促した。Bはこれを受けて更に公知例や比較例に関する実験を行った。
 上記の経過を経て、平成4年5月15日に本件発明を特許出願した。米国ファイザー宛の特許出願依頼書に原告とBが共同発明者として記載されていたことから、被告会社特許部は両名を共同発明者とし、さらに実験プロトコルを案出して、本件特許出願に貢献したCを共同発明者の一人に加えたものである。
 第1審の争点は、次の2点であった。
 @原告は、本件発明の共同発明者か(争点1)。
 A 原告が共同発明者である場合、特許法第35条の3項の「相当の対価」の額はいくらか(争点2)。
 平成元年当時被告会社が抱えていた課題(真球度の高い細粒核を高収率で得ること)の解決のためには、撹拌造粒法における最適な実験条件を見つけ出すことが重要であり、当時公知であった主薬と賦形剤を混合して細粒核を製造する方法と、寺下論文に開示された真球度の高いコーティング用細粒核を高収率で得る方法とを組合わせて主薬を含む真球状の細粒核を製造しようとすることは、それ自体が発明と呼べる程度に具体化したものではなく、課題解決の方向性を大筋で示すものに過ぎない。従って、原告が上記着想を得たからといって、本件発明の成立に創作的な貢献をしたと言うことはできず、原告を共同発明者と認めることはできない。
 なお、一般に発明過程を着想の提供(課題の提供又は課題解決の方向付け)と着想の具体化の2段階に分け、
 @ 提供した着想が新しい場合には、着想(提供)者は発明者であり
 A 新着想を具体化した者は、その具体化が当業者にとって自明程度のことに属しない限り、共同発明者である、
とする見解が存在する。
 上記のような見解については、発明が機械的構成に属するような場合には、一般に着想の段階で、これを具体化した結果を予測することが可能であり、上記の@により発明者を確定し得る場合も少なくないと思われるが、発明が化学関連の分野や、本件のような分野に属する場合には、一般に着想を具体化した結果を事前に予測することは困難であり、着想がそのまま発明の成立に結びつき難いことから、上記の@を当てはめて発明者を確定できる場合は、むしろ少ないと解されるところである。
 本件についても、上記の通り主薬と賦形剤を混合して細粒核を製造する方法と寺下論文に示された方法を組合わせると言う着想は、それだけでは真球度の高い粒核を高収率で得られると言う結果に結び付くものではなく、また、当該着想自体も当業者であればさほどの困難もなく想到するものであって、創作価値を有する発想ということもできないものであるから、原告をもって、本件発明の共同発明者と認めることはできない。


第2 第2審の判断
 控訴人の主張は、真球度の高い細粒核を苦味マスキングのための効率的なコーティング方法の用途に用いることを着想したのは控訴人である、との主張事実に基づく。
 このように、本件発明は、従来からあった技術的課題の着想を前提に、その解決方法を実現できる条件設定を見い出すために実験を行い、その成果を挙げたところに意義があるということができ、本件における発明者の認定に際しては、この実験に携わって創作的に条件を見い出した者であるかという観点に依拠すべきである。
 従って、控訴人の上記主張は、理由がない。


第3 考察
 現在、新聞等で話題となっている職務発明の対価を巡る訴訟に関連するケースであり、その前提となる発明者であるかどうかが争われた。
 従来、企業の特許出願実務では、発明者の確定は、さして深く考えもせず、社内の種々の政治的配慮から便宜的に行われて来た経緯がある。
 特に、発明が職務発明である場合、会社に権利を譲渡されるケースが多かったので、出願後は社内規定による報償制度が適用され、処理され格別問題も生じなかった。然し乍ら、近年、職務発明の場合、権利を会社に譲渡した場合、高額の「相当の対価」を認める判決及び高額の支払を求める従業員側からの訴訟が、数多く提起されていて、発明者が誰であるかを厳密に確定することが必要となってきた。
 従って、本件は出願の段階で、発明者の認定を厳格に行う必要があったことを示唆するケースである。
 今後、企業の出願業務を担当する特許部門では、前記判例の基準に従って,発明者の認定を厳格に行う基準となるものと考える。
以上


〔戻る〕
鈴木正次特許事務所

最終更新日 '04/10/03