判例アラカルト9

  目次
  はじめに
1.無効となることが明らかな特許権に基づく権利行使と権利濫用
2.形式的に技術的事項が一致する場合の発明の容易性
3.特許権侵害における主張と立証の問題点
4.職務発明における相当の対価
5.方法の特許に使用する物の国内製造と方法の国外実施
6.特許法102条2項における算出利益の意義
7.いわゆる真正商品の並行輸入における輸入者の注意義務
8.競走馬にパブリシティ権が認められるか
9.原材料表示の中に他人の登録商標を含むラベルの使用
10.不正競争防止法で規制されたドメイン名の使用


  9.原材料表示の中に他人の登録商標を含むラベルの使用
 
 事件の表示
平成13年(ネ)第1035号 商標権侵害差止等請求控訴事件
(東京高裁平成13年5月29日判決)
(原審:東京地方裁判所平成10年(ワ)第10438号)
 原告X
 被告Y


 事案の概要
一.本件の経緯
 原告Xは、指定商品を「醤油」、「だしつゆ」等とし、「宝」、「TAKARA」、「タカラ」等の標章からなる登録商標(本件各登録商標)に係る商標権(本件各商標権)を所有している。
 被告Yは、その業務に係る商品である「だし」、「つゆ」(被告商品)に、「タカラ本みりん入り」の表示があるラベル(被告各標章)を付して販売している。被告Yがその業務に係る商品である「本みりん」に使用している「タカラ本みりん」の商標は、商品「本みりん」に関するブランドとして日本国内において著名となっている。
 原告Xは、被告Yの行為が、本件各商標権の指定商品「だしつゆ」についての本件各登録商標と類似の商標の使用にあたり、本件各商標権を侵害し、かつ、原告Xの周知の商品表示である本件各登録商標と類似の商品表示を使用した商品の譲渡に当たり、不正競争防止法2条1項1号に該当するとして、商標権及び不正競争防止法に基づいて、被告商品の販売の差止め及び損害賠償請求金の支払いを求めた。

二.本件の争点
 被告Yは、被告各標章の「タカラ本みりん入り」の部分を商標として使用しているか(争点1)。
 被告Yは、自己の著名な略称又は原材料名を、普通に用いられる方法で表示しているか(争点2)。
 争点3は省略する。
 不正競争行為に該当するか(争点4)。

三.判決(主文)
 本件控訴を棄却する。


 判旨
 原判決が認定する通り、被告Yがその業務に係る商品である「本みりん」に使用している「タカラ本みりん」の商標は、商品「本みりん」に関するブランドとして、日本国内において著名となっていると認められ、原告Xもこの認定事実を前提として主張をしているものであるところ、この認定事実に、被告Yが業として製造、販売している被告商品「だし」、「つゆ」に付された被告各標章中の「タカラ本みりん入り」の表示部分の表示態様及びこれに接する一般需要者の通常の認識状況として原判決が詳細に認定する事実を総合すれば、被告各標章中の「タカラ本みりん入り」の表示部分は、専ら被告商品「だし」、「つゆ」に「タカラ本みりん」が原材料として入っていることを示すものであることは明らかであるというべきである。

 (原判決)
 (1)被告各標章において、被告商品の正面に位置するラベル中央部の最も目立つ位置には、被告商品の普通名称である「お魚つゆ」、「万能だし」、「白だし」及びその用途である「煮魚」、「煮物」の表示が、いずれも目立ちやすい大きな文字で記載されていること、これに対して、「タカラ本みりん入り」、「これ一本だけで料亭の煮魚」、「清酒たっぷり」等の表示部分は、右名称部分を囲むように、比較的小さい文字で記載されており、その内容から判断して、いずれも被告商品の特長や長所を説明的に示していると理解するのが相当である。
 (2)イ)「タカラ本みりん入り」の表示中、「タカラ本みりん」の部分は「入り」の部分と字体が異なっているため、「タカラ本みりん」の部分が一連のものと理解され、体裁上「タカラ」の部分のみが区別されるように記載されていないこと、ロ)被告各標章の中央部分の右下には、被告の商号が記載されていること、ハ)被告の製造、販売に係る「本みりん」は、日本国内でトップシェアを有し、「タカラ本みりん」の商標は日本国内において著名であること、ニ)「だし」、「つゆ」等に調味料としてみりんを入れることはごく自然であると解されること等、右表示部分の体裁、意味内容、商品「タカラ本みりん」の販売状況に照らすならば、右表示部分に接した一般需要者は、右表示部分を被告商品に原料ないし素材として「タカラ本みりん」が入っていることを示す記述であると認識するのが通常であるといえる。
 (3)(省略)
 以上を総合すると、被告各標章における「タカラ本みりん入り」の表示部分は、専ら被告商品(「だし」、「つゆ」)に「タカラ本みりん」が原料ないし素材として入っていることを示す記述的表示であって、商標として(すなわち自他商品の識別機能を果たす態様で)使用されたものでないというべきである。のみならず右表示態様は、原材料を普通に用いられる方法で表示する場合(商標法26条1項2号)に該当するので、本件各商標権の効力は及ばない。

 争点4(不正競争行為)について
 被告各標章における「タカラ本みりん入り」の表示部分は、専ら被告商品に「タカラ本みりん」が原料ないし素材として入っていることを示す記述的表示であると解すべきであるから、被告が「タカラ本みりん入り」の表示部分を含む被告標章を付して被告商品を販売する行為は、不正競争防止法2条1項1号所定の商品表示等を使用する行為に該当しない。


 考察
 控訴審判決では、「被控訴人(被告)Yの商標『タカラ本みりん』が商品『本みりん』につき著名であることから、『タカラ本みりん入り』の表示部分が被告商品『だし』、『つゆ』について顧客吸引力を有しているとしても、この表示部分自体は、被告商品『だし』、『つゆ』の原材料として被控訴人(被告)Yの『タカラ本みりん』が用いられていることを表示する態様のものであり、その原材料に関する顧客吸引力を利用するに過ぎず、それを越えて商品『だし』、『つゆ』について、その出所を表示し、自他商品の識別機能を果たす態様では使用されておらず、商品『だし』、『つゆ』に係る商標ないし商品表示には当たらないと解されるのである。」との判示がなされている。
 本判決は、被告各標章における「タカラ本みりん入り」の表示部分の表示態様及び、被告Yがその業務に係る商品である「本みりん」に使用している「タカラ本みりん」の商標が商品「本みりん」に関する被告Yのブランドとして著名であることを考慮したものと思われる。
 しかし、例えば、ある会社甲の優れた品質の商品イを表示する商品表示であるとして周知になっている商標Aを、全く関係のない他の会社乙が、たとえ、商品イを正当に購入して自社商品ロの原材料に使用している場合であっても、「A使用」あるいは「A入り」と自社商品ロのパッケージに付したときにどのような判断がなされるかは問題であろう。原材料として使用されている商品イに係る商標Aの周知性ゆえに、「A入り」の表示の部分が、乙の商品ロについて顧客吸引力を発揮する、乙の商品ロの品質保証機能を果たす、甲と乙との関係について消費者の間にいわゆる広義の混同(取引関係があるなどと誤認する)を引き起こす、商標Aの周知性が他人乙によるこのような使用により希釈化される、といった問題が生じるおそれがあると考えられるからである。
以上

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鈴木正次特許事務所